緊急事態条項改憲とは何か?(2)大規模災害時に憲法の何がジャマなのか?
/永嶋靖久(弁護士)

熊本に飛来したオスプレイ

災害時でオスプレイ運用が強行された
予め、御用マスコミが先に到着した地点
までわずか20数キロをフライトした。

前号からのつづき

 【本稿は4月30日に記述】自民党改憲草案98条は、内閣総理大臣が緊急事態を宣言して憲法を停止できる場合の例に「地震等による大規模な自然災害」を挙げている。憲法は大規模災害発生時にはジャマになるのか?
 菅官房長官は今も余震の続く熊本地震に関連して、「今回のような大規模災害が発生したような緊急時に、国民の安全を守るために国家や国民がどのような役割を果たすべきかを、憲法にどう位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」と述べた。自民党は「今回のような大規模災害」に憲法を停止させることも想定しているようだ。ところが、「大規模災害」に憲法のどこがどう「国民の安全」のジャマになるのか、何も語られていない。

緊急事態条項改憲の理由は何か

 自民党は「日本国憲法改正草案Q&A増補版」で次のように述べている。

「国民の生命、身体、財産の保護は、平常時のみならず、緊急時においても国家の最も重要な役割です。今回の草案では、東日本大震災における政府の対応の反省も踏まえて、緊急事態に対処するための仕組みを、憲法上明確に規定しました。このような規定は、外国の憲法でも、ほとんどの国で盛り込まれているところです。」


 緊急事態に制定できる法律と同一の効力を持つ政令については次のように述べている。

「緊急政令は、現行法にも、災害対策基本法と国民保護法に例があります。したがって、必ずしも憲法上の根拠が必要ではありませんが、根拠があることが望ましいと考えたところです。」


 以下、紛らわしくないように改憲草案が定める法律と同一の効力を持つ政令を「特別政令」、災害対策基本法と国民保護法にある緊急政令を「緊急政令」と呼ぶ。

「特別政令」は「緊急政令」と同じか

 災害対策基本法によれば、内閣は災害の程度に応じて「非常災害」には非常災害対策本部を、「著しく異常かつ激甚な非常災害」には緊急災害対策本部を設置できる。さらに、「国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼす、異常かつ激甚な非常災害」には内閣総理大臣が災害緊急事態を布告できる。災害緊急事態に、国会で議論している時間がなければ、内閣は、生活必需物資の配給等、物価の統制、金融債務の支払い猶予について「緊急政令」を制定できる。
 国民保護法によれば、著しく大規模な武力攻撃災害が発生し、緊急の必要がある場合に、国会で議論している時間がなければ、内閣は金融債務の支払い猶予について「緊急政令」を制定できる。
自衛隊治安出兵訓練
 どちらの「緊急政令」も、現行法が認めるのは、とても限られた要件の下で、とても限られた対象についてだけだ。どちらの「緊急政令」も、法律と同じ効力を持ったりしない。これに対して、改憲草案の「特別政令」はいったん緊急事態が宣言されると要件にも対象にもシバリがない上、法律と同じ効力を持つ。現行法の「緊急政令」と改憲草案の緊急事態宣言下の「特別政令」は、全く別物だ。
 現行法にも例があるという自民党の主張は、サギをカラスと言いくるめるようなものだ。そもそも、法律なしに人民の権利を大きく制限しようという改憲が、「必要はないけれどあった方がよい」という理由で許されていいはずがない

憲法を停止するほどの大規模災害とは何か

熊本城まで倒壊の被害にも関わらず、 激甚被害認定を遅らせた訳とは

熊本城まで倒壊の被害にも関わらず、
激甚被害認定を遅らせた訳とは

 熊本地震では4月14日から非常災害対策本部が設置された。しかし、今のところ、緊急災害対策本部の設置や災害緊急事態の布告はない。災害対策基本法の「緊急政令」は想定さえされていない。また、激甚災害法は「著しく激甚である災害」に、国から地方公共団体への財政援助や被災者への助成措置を定めている。この激甚災害指定は、東日本大震災では地震翌日の3月12日だったが、熊本地震では地震から11日後の4月25日だ。

 地震が起きたとき、それがどの法律の、どの程度の災害に当たるか、誰の目にも明白というわけではない。改憲草案は「地震等による大規模な自然災害」があれば憲法を停止できるというが、どんな災害がこれに当たるか、いっそうあいまいだ。結局は、ときの総理大臣の判断ということになる。安倍首相によれば、熊本地震は消費税増税を見送るほどの大震災級の事態ではないそうだ。増税見送りより憲法停止の方がハードルが低いのかもしれない。

 いずれにせよ、政府の対応を見る限り「今回のような大規模災害」に法律上の手をすべて尽くしても対策が足りない、憲法が災害対策のジャマになっている、政府がそう考えてるようには見えない。

東日本大震災のとき憲法はジャマになったか

東日本大震災での教訓を安倍政権はどう得ようとしているのか

東日本大震災での教訓を
安倍政権はどう得ようとしているのか

 東日本大震災のときには災害緊急事態は布告されなかった。そのために適切な対応がとられなかったという意見がある。しかし、災害緊急事態の布告に憲法停止の必要はない。布告すべきなのに布告しなかったとしたら、それは政府の判断の誤りだ。災害緊急事態を布告しなかったのは憲法のせいだという批判はピント外れだ。

 家屋や放置車両の撤去に憲法が保障する財産権がネックになったという意見もある。しかし、たとえば自衛隊法は自衛隊が防衛出動したときには、物資の収容、土地の使用や家屋の形状変更を認めている。米軍行動円滑化法は米軍の陣地構築のための土地の使用や家屋の形状変更を認めている。憲法が保障する財産権は自衛隊や米軍の軍事行動のジャマになっていない。災害対策基本法にも収用や使用の規定はある。東日本大震災のときにもガレキの撤去は現行法の下で可能だとされていた。家屋や放置車両の撤去が円滑にできなかったとしたらそれは憲法のせいではない。

政府は東日本大震災の何を反省するのか

 津久井進弁護士は、弁護士一年目に阪神淡路大震災に遭遇し被災者支援に関わり、東北大震災のときには700数十名が死亡・行方不明となった地域の惨事の原因究明に当たった。彼は、ブログで「緊急事態条項改憲は、災害の現場にとって有害・危険・邪魔でしかない」と批判している。
 緊急事態宣言によるトップ制御は、現場に深刻な思考停止をもたらし(有害)、中央主導の災害対策は命を危険にさらし(危険)、権限集中は180度逆方向(邪魔)だというのだ。被災地自治体首長たちの、改憲が必要だと考えたことはない、むしろ被災地に権限を、という声も繰り返し報道されている。政府が反省すべきは憲法を停止できなかったことではない。

 憲法が災害の被災者にとってジャマになることはないだろう。しかし、安倍首相たちが準備を進める戦争には確実にジャマになる。安倍首相が米軍支援を仰ぐ必要はないと発表した直後に、日本政府はわざわざ米軍に要請してオスプレイを物資輸送に出動させた。憲法に停止ボタンをつける改憲のために、大災害を口実に利用しているのはこれと同じだ。
(→次号「『ほとんどの国の憲法は自民党草案と同じ』なのか?」へつづく)


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■自民党憲法改正草案とは―
自民党憲法改悪案Q&A【編集部注】2012年4月27日発表の自民党憲法改正草案は、日本国憲法を全面的かつ本質的に変更するものであり、全ての政策に関わる。
 立憲主義、権利と義務、個人の尊重、公共の福祉といった自由な生活を支える概念が大きく変容し、個々の規定においても、国旗国歌尊重義務の新設(3条)、政教分離の緩和(20条)、表現規制の強化(21条)、家族助け合い義務の新設(24条)、一票の格差の容認(47条)、中央集権化(92条~)など、多くの変化が見られる。
 さらに、自民党が作成したQ&Aを併せて分析すれば、より多くの基本方針が明らかになる。
 この草案の実現は,2012年衆院選,2013年参院選における自民党の公約でもある。2014年衆院選では,憲法改正自体を公約としており,改正の内容は記載されていないが,憲法改正草案の方向性であることは時の政調会長により名言されている。

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