緊急事態条項改憲とは何か?(3)「ほとんどの国で実施」は本当か?
/永嶋靖久(弁護士)

 前回紹介したとおり、自民党の「日本国憲法改正草案Q&A増補版」は、改憲草案の緊急事態条項について、「このような規定は、外国の憲法でも、ほとんどの国で盛り込まれているところです。」と言っている。しかし、本当にそうか。外国の憲法では、緊急事態条項はどうなっているのだろうか。

自民党は「ほとんどの国」を手本にしているか

自民党改憲草案のポイント その前に、まずもって「ほとんどの国で行われているから」という理由で、自民党は政策を決定しているか。原発はどうだ?死刑はどうだ?夫婦同姓の強制はどうだ?自民党は、あるときは「我が国の国民感情」や「我が国の伝統」を持ちだして「世界のほとんど」に反対する。あるときは「世界のほとんど」を持ち出して自分たちの主張の裏付けにする。

 自民党2010年綱領は、「日本らしい日本の姿」を世界に示すことを憲法改正の目的にあげている。改憲草案Q&Aは、憲法前文が我が国の歴史・伝統・文化を踏まえていないから全面的に書きかえる、憲法の人権規定も西欧の天賦人権説に基づいているから改める、そう言っている。なのに緊急事態条項改憲の理由にだけ「世界のほとんど」を持ってくるのはご都合主義の極みだ。
 しかし、そもそも自民党の言うように、本当に「ほとんどの国の憲法」に緊急事態条項があるのだろうか。そして何よりもその規定は、外国の憲法でも自民党改憲草案のポイントと同じ内容なのだろうか。次にそれを見ていこう。

ほとんどの国の憲法は自民党草案の言う通りか

マグナ・カルタに署名させられるジョン国王(右から二人目1215 年)

マグナ・カルタに署名させられるジョン国王
(右から二人目1215 年)

 イギリスには、そもそも文章としてひとつにまとめられた「憲法」というものがない。だから、「憲法に緊急事態条項がある」ということもない。イギリスは、13世紀のマグナカルタ(国王と封建領主の間の契約)から17世紀の市民革命を経て、現在の「法の支配」を確立したといわれる。政府と国会の運営に関する政治的慣行、国王の裁判所による判例の積み重ね(コモン・ロー)、国会が制定した法律の集積が実質的意味の憲法だ。
 ただ、1964年国家緊急権法という緊急事態の一般法がある。複数の産業分野にわたるストライキ、自然災害、原子力発電所事故等の緊急事態に軍の投入が規定されている。さらに、1974年にIRA対策として臨時的なテロ防止対策法が制定され、2000年には包括的・恒久的なテロリズム法が制定され、その後、広範で高度な監視社会化を進めながら、強硬な人権制約と緩和の間を揺れている。

アメリカ合衆国憲法の署名

アメリカ合衆国憲法への署名

 アメリカ合衆国憲法には、特別に戦時のような国家緊急事態に政府への一時的な権力集中を認める規定はない。憲法は「ひとしく戦時および平時における」法であり、「非常時は権限を創設しない」。非常時にもたとえ一部であっても憲法は停止しない。逆にいうと、大統領は、平時と緊急時とを問わず、必要なあらゆる権限を有していると考えられている。
 そこでベトナム戦争の敗北をきっかけに、大統領の権限を議会がコントロールするために「戦争権限法」や「国家緊急事態法」が制定された。しかし、アメリカが進める「対テロ戦争」という名の国家による暴力は、今や国境の内外を問わず、終わりも切れ目も歯止めもないようだ。
憲法を踏みにじったシャルル・ド・ゴール

憲法を踏みにじったシャルル・ド・ゴール


 フランス共和国憲法は、アルジェリア民族解放戦争下、ドゴール政府時に制定された。緊急事態において大統領に強大な権限を付与する非常措置権といわゆる戒厳(行政権を軍に移管する)の規定がある。非常措置権はアルジェリア戦時にドゴールによって発動された。
 2015年オラントによって宣言された緊急事態は、憲法によるものではない。やはりアルジェリア戦時に定められた緊急事態法による。今も「容赦のない」強硬かつ広範な対応策が続いている。

 ドイツは第2次世界再分割戦に敗北した。ドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)では、東西分断下の暫定性を示すため「憲法」でなく「基本法」と名付けられた。制定当時の基本法には軍に関する規定が一切なかった。NATO加盟に伴い、軍や徴兵制を定める改憲が行われ、さらにその後、防衛事態、同盟(NATOのこと)事態などに関して詳細な要件、手続、効果等を規定する改憲が行われた。いかなる事態においても、政府の措置を立法・司法のコントロールの下に置くことが特徴とされる。

朴正煕の軍事クーデター

朴正煕の軍事クーデター(1961)

 韓国では、解放後の南北分断下9回の憲法改正があった。朴正煕は軍事クーデターによってそれまでの憲法を停止させ、憲法を全面改正した。
 改正憲法では大統領任期は連続2期だけだったが、朴正煕は任期2期目に連続3期を認める改憲を強行した。そして3選直後、非常戒厳宣布、国会解散、政党及び政治活動中止の措置をとった上で、再び憲法を全面改正し(いわゆる維新憲法)、終身大統領を目指した。
 朴正煕暗殺後、光州事件の非常措置の下、全斗煥が改憲を行った。それに続く盧泰愚政権下で制定されたのが現在の韓国憲法だ。現韓国憲法には、自民党改憲草案に類似した緊急処分・命令権等の規定がある。

 インドは安倍首相が日本と並ぶアジアの2大民主主義国と称えている国だ。そこではかつて、インディラ・ガンジーが自分の選挙違反を理由に大統領資格を停止されている間に非常事態を宣言し、その宣言下で、二度の憲法改正を行った。政府に対する議会的・司法的統制を大きく変える、あるいは裁判所を政府、国会に従属させる内容だった。

極少の右翼御用学者 スイスフィンランドはどうか。菅官房長官は、昨年6月戦争法案の国会審議中、たくさんの著名な学者が法案は憲法違反でないと主張していると言って、3人の名をあげた。その一人が西修だ。
 西修は、1990年以降に新しく制定された103カ国の憲法全てで、国家緊急事態対処条項が設定されている、という。その103カ国を調べた新聞記者が、旧ソ連だった国など国内外の情勢が安定していない国が多いと指摘したのにたいして、西は「2000年に施行されたスイスやフィンランドの憲法にも緊急事態条項が導入されている」と応じた。
 しかし、スイス憲法の緊急事態は、憲法の枠内での対処を想定したものだとされる。立憲主義の停止が必要とされるような緊急事態への対処方法は規定されていない。フィンランド憲法の非常事態は基本的人権についての一時的な例外を認めているが、それは、非常事態に不可欠でフィンランドの国際人権に関する義務に合致するという前提で、かつ例外の基準や理由、適用範囲についての限定がある。

緊急事態条項改憲の何を問題にするのか

 こうしていくつかの国の緊急事態条項を概観しただけでも、それが、異なる国々のそれぞれの歴史の下で生まれ、それぞれの憲法の中に様々な形で存在し、あるいは存在しないことがわかる。ゆえに「ほとんどの国にあるから」という理由付けも「ほとんどの国と違うから」という反対論も、どちらも超歴史的で緊急事態条項改憲を論じるには不十分だ。
 誰が、どういう状況で、どういう目的で、今、この改憲を目指しているのか。大切なのはそのことだ。憲法を停止しなければならない緊急事態とは、日本国憲法がジャマになるような危機とは、誰の、どんな危機として、想定されているのか。憲法を停止することで狙われているのは何か。そのこと抜きに、どのような改憲も論じることはできない。
 では、今、どのような政治状況で、この改憲をめぐる議論がなされているのか。
→次号につづく

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