現在に生き続ける植民地主義<連載第3回> 日本における植民地主義

「現在に生き続ける植民地主義<br />
―歴史的断絶を通して再生する同一の原理とその危機」【連載3】齋藤日出治 大阪労働学校・アソシエ副学長
連載第3回 (⇒前回を読む)

3 近代日本の植民地主義 ―「自己植民地化」から植民地主義へ

一 西欧モデルへの自発的隷従―「自己植民地化」

帝国主義列強のクラブに新参の挨拶をする日本(フランスの風刺画:Georges Bigot)

台湾・朝鮮に出兵、帝国主義列強のクラブに新参の挨拶をする日本
(フランスの風刺画:Georges Bigot)

 西欧社会は、非西欧地帯に対する植民地化の関係を自己のうちに内面化して自己の近代社会を築き上げた。これに対して、日本はこのような植民地主義の関係を内面化した西欧近代社会の規範を自発的に受容し、その規範に従属することによって近代化を成し遂げた。

 幕藩体制下で長期の鎖国政策をとってきた日本は、幕末期に欧米列強の圧力を受けて1858年に幕府が「日米修好通商条約」を結ぶが、この不平等条約に反発して起こった「尊王攘夷」運動を、天皇の権威のもとで「尊王倒幕」運動に転化する。1865年には天皇の勅令による修好通商条約を結び、軍事力を増強した主権国家建設へと向かう。こうして、欧米の出来合いの国家モデルと文化モデルと社会諸制度を外部から受容することによって日本の近代化が推進されることになった。

 小森陽一[2001]は、このような日本の近代化を、欧米による植民地支配を回避しようとして、自己を無意識のうちに植民地化する「自己植民地化」と呼ぶ。
「自国の領土を確保するために、国内の制度・文化・生活慣習、そしてなにより国民の頭の中を、欧米列強という他者に半ば強制された論理によって自発的に装いながら植民地化する状況を、わたしは〈自己植民地化〉と名付けたい」(『ポストコロニアル』岩波書店8頁)。

 サイードが指摘したように、近代につきまとうコロニアル(植民地主義的)な思考とは、他者を自己の鏡として創造し、自己の否定的側面をその鏡に投影して、他者を統治しようとする。これに対して、近代日本は、欧米という他者が差し出した鏡に自己を投影し、その鏡に自己を同化させようとする。これもコロニアルな思考の変種である。

文明開化

鹿鳴館文化を皮肉った風刺画
(フランスの風刺画:Georges Bigot)

 「文明開化」とは、国家の仕組み、社会の制度にとどまらず、服装や食事もふくめた風俗、生活習慣を西洋から採り入れることであるが、文明とは長い時間をかけて経験を積み重ねる過程で磨き上げられた観念に支えられている。日本は他者の文明の成果だけをみずからの経験による検証もなしに受容し、そのことによって「文明化」が成し遂げられたものと錯覚する。経験に裏付けられない他者の観念の一方的な受容は、野蛮な植民地主義の行為にほかならないが、日本の近代化はそのような、みずからを自発的に野蛮化する手法によって開始されたのである。

 日本は「経験と観念の不断の接触と相互検証」(森有正[1979]全集5巻200頁)を怠り、「文明開化」の名のもとに西欧の観念を借り受けて、みずからを「文明化」したかのような錯視に陥った。
 日本が欧米から借り受けた市場文明は、前節でみたように、あらゆる社会関係を市場取引の関係に還元し、伝統的共同体の文化や慣習や人格的諸関係を破壊し、諸個人をむき出しの生にさらすという暴力性をはらんでいた。この市場文明を受容するということは、この文明が発動する文化破壊的暴力を受容することでもあった。日本はこの文化破壊的暴力を国内に発動して伝統的な社会諸関係を解体すると同時に、アジアの近隣地域にむけてそれをはるかに上回る規模でこの暴力を行使することになる[5]
 
二 「自己植民地化」とアジアの植民地化

中国を分け取りにする帝国主義列強の風刺画(左から英・独・露・仏・日本)

中国を分け取りにする帝国主義列強の風刺画
(左から英・独・露・仏・日本)

 西欧モデルへの自発的隷従の過程は、同時に、日本によるアジアの諸地域への植民地主義的権力の行使を推進する過程でもあった。日本は西欧モデルを規範として国内を組織すると同時に、欧米の主権国家が編制する国際秩序に自己を組み入れることによって、植民地を保有する主権国家として自己を確立しようとする[6]

 欧米の主権国家が編制する国際秩序は、ウェストファーレン体制に発している。ウェストファーレン条約(1648年)の締結を機に17―18世紀のヨーロッパにおいて出現した国際秩序は、西欧の主権国家群による植民地の保有によって成立する体制であった。

 ミシェル・フーコー[2004]によれば、この体制は、ヨーロッパで16―17世紀まで支配的であった帝国の秩序、あるいはローマ法王の教会的秩序に代わって、国家理性による国際秩序を生みだした。この新しい国際秩序は、通商、通貨流通、植民地征服、海洋支配による商業的・経済的空間を基盤としており、この商業的・経済的空間を基盤として、国家理性が国力の増強を図る。「競合空間における国力増強によってのみ国家を保守できる国家理性」(フーコー『安全・領土・人口』邦訳 筑摩書房、362頁)がこのようにして出現する。

 ウェストファーレン体制とは、かつてのようにキリスト教という共通の基盤に依拠せず、地理的に切り分けられたヨーロッパ諸国が、たがいに競合しつつ、ただその外部に対する植民地征服、経済的支配によってのみ成立する体制であった。その結果、「世界の残りの部分とのあいだに利用・植民地化・支配という関係をもつ、地理上の地域としてのヨーロッパ」(同、邦訳、370頁)が出現する。そしてこの競合空間は、主権国家間の外交、戦争、恒常的な軍事装置という手段を用いてたがいの均衡を保持した。

大日本帝国の最大勢力圏(1942)

大日本帝国の最大勢力圏(1942)

 日本はこの国際秩序にヨーロッパの外部から参入し、みずからは主権国家をうちたてつつ、アジアの近隣諸地域に対しては通商、植民地征服、経済的支配の関係を創出しようとする。ヨーロッパの主権国家が植民地支配する地域はヨーロッパの外部であるのに対して、日本は同じアジアの空間に所属する近隣の諸民族・諸国家の植民地化を図る。それはみずからがウェストファーレン体制に参入して、欧米諸国によって自国が植民地支配される道を回避する方法であった。

 つまり、「自己植民地化」というかたちで近代化を図った日本は、競合するヨーロッパ諸国が主権国家を維持するために非西欧地帯を植民地征服したように、アジアの近隣地域の植民地化を図る。そしてこの植民地化を正統化する論理が、 福沢諭吉([1875]『文明論之概略』)の脱亜入欧論に見られるような、「文明」、「半開」「未開」というアジア諸地域の序列化であった。そこでは、日本が「文明」にかぎりなく近く、その他のアジア諸地域は日本によって文明化されるべき「未開」の地域とみなされた[7]
 
三 日本における植民地主義の統治術―生かす権力と殺す権力

植民地時代にソウルに建てられた朝鮮神宮。天照大神と明治天皇を祭神として祀り「朝鮮全土の総鎮守」であるとして韓国・朝鮮人に参拝させた。

植民地時代にソウルに建てられた朝鮮神宮
天照大神と明治天皇を祭神として祀り「朝鮮全土の総鎮守である」として現地の韓国・朝鮮人にこれを拝ませた。

 日本がアジアの植民地統治において発動した権力は、植民地の生命・産業・自然・文化などの最大限の効率的な活用と、植民地化に抵抗する動きに対する徹底した軍事的抑圧、という双方の権力であった。

 このような権力の発動は、ミシェル・フーコーが近代的統治の権力のうちに読み取ったものである。国家理性による統治は、国家の外部に対して外交・戦争・軍事装置という形をとって発動されるのに対して、国家の内部に対しては「内政」というかたちをとる。フーコー[2004]は、「内政」の対象として、住民の数、つまり人口、食糧と生活必需品、万人の日常的健康、都市の環境整備、ひとびとの活動の監視、事物の流通、などを列挙する。そしてこれらの「人間たちの活動を制御し引き受けること」(『安全・領土・人口』邦訳、399頁)が内政の目標だ、と言う。国家は、ひとびとの活動を国家にとって有用なしかたで刺激し方向づけることによって「国家にとっての有用性の創造」(同邦訳、400頁)を図る。

 フーコーは近代以前の権力が被統治者に対する生殺与奪の権力、つまり殺す権力であったのに対して、近代の権力が被統治者の生命活動に介入し、その生命活動を最大限効率的に調整してそこから富を引き出す権力であることに着目する。そしてその権力を、「生かす権力」、つまり「生権力 bio-pouvoir」(同邦訳、3頁)と呼ぶ。
 だが、生権力は被統治者を死ぬままに放置するだけでなく、同時に被統治者を積極的に殺す権力としても力を行使する。フーコーはナチズムを例に挙げながら、生権力がそれと両立するかたちで殺す権力を行使すると述べ、この行使を正当化し根拠づけるイデオロギーとして人種主義を挙げる。

 <次号第4回「『戦後』という名の植民地主義」につづく⇒>                  

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[注5] カール・ポランニー[2001『大転換』]は、18世紀後半の産業革命期にイギリス国内で賃金労働者に向けて行使された文化破壊行為が、19世紀後半のアフリカ、インドにおいてそれをはるかに上回る規模で行使されたことを指摘する。後発資本主義の日本は、アジアの近隣諸国に対して、西欧諸国が植民地諸地域に加えたのと同じ文化破壊行為をおこなうことになる。
[注6] 小森陽一[2001『ポストコロニアル』]は、日本が欧米列強の「文明モデル」を模倣する「自己植民地化」を無意識におこなうことによって、アジアの植民地化を意識的に推進したとして、「植民地的無意識と植民地主義的意識」(15頁)との同時的な発動を指摘している。
[注7] 小森陽一[2001『ポストコロニアル』]は、福沢諭吉の『文明論之概略』(1875年)が、「文明開化」の概念を時間軸に投影して、「文明」、「半開」「未開」という発展段階を設定したうえで、日本がかぎりなく「文明」に近く、アジアの諸地域は「半開」の段階にあるとして、アジアの他者を自己に劣るものとして発見する、と言う。

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【参考文献】

日本統治下の文化衝突と先住民族の蜂起を描いた台湾映画『セデック・バレ』予告編
映画公式サイト

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  1. コモンズ最新号目次

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