世界の枠組みが大きく変化している。これまで世界は、アメリカの派遣がゆらいできたといっても、米-欧、米-東アジアを軸に動き、いずれもアメリカが真ん中だった。いま、その世界が大きく分断されようとしている。最近の出来事から、その動きを追った。(O)
トランプ米大統領とパリ協定
メルケル独首相「欧州が他国を当てにできる時代は終わりつつある」
6月1日、米トランプ大統領がパリ協定からの離脱を表明した。パリ協定とは地球温暖化対策の国際的な枠組みのことである。2015年12月の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択された。今世紀後半に世界全体で温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることをうたっており、これまで同協定に消極的だった中国、米国も2016年9月3日に同時批准し、同11月4日に発効した。
気候変動枠組条約に加盟する全196カ国全てが参加する枠組みとしては世界初で、参加してないのは世界でもシリアとニカラグアだけとなった。トランプの米国は、こともあろうにそこからの離脱を世界に表明したのだ。理由は、「パリ協定がアメリカ国内の雇用を奪う」というもの。アメリカ国内の石炭産地を救うということで、パリ協定からの離脱はトランプの選挙公約であった。
アメリカは全世界の温室効果ガス排出量の約2割を占め、世界2位でもある「温暖化超大国」。そのアメリカがパリ協定から離脱するという決定は世界中から非難された。パリ協定の議長国フランスをはじめドイツ、EUはトランプ大統領に慰留するよう説得を重ねたが、トランプ氏は耳をかさなかった。
そしていま、そのことが世界を分断を招いている。漁夫の利を得たのは中国である。中国は米国の離脱表明を受けて、「温暖化対策の先頭に立つ」ことを表明。トランプの米国がNAFTA(北米自由貿易協定)見直し・TPP離脱・自国産業保護政策を掲げて「保護貿易主義」に傾いたとき、習近平主席が「中国こそグローバリゼーションの旗手」と張り切ったのと同じ状況が出てきたのだ。6月3日付の毎日新聞は次のように書いている。
「ブリュッセル自由大学のセバスチャン・オベルチュール教授(環境政策)は『米国の離脱は中国の指導力の重要性を高め、欧州も(米国から)中国やインドを向いて温暖化政策を前進させる契機となるだろう』と話す」
同紙はまた、アメリカのニュースサイトVOXを引用しながら、従来の米国主導のルールが受け入れられなくなり、世界貿易機関(WTO)など他の国際枠組みが揺らぐ可能性もあると指摘している。それを裏付けるようにメルケル独首相は「欧州が他国を当てにできる時代は終わりつつある」と述べ、戦後秩序の基盤となった米欧協力関係が転換点にあることを示唆した。「欧州では対米関係を仕切り直す議論が高まりそうだ」というのが同紙の結論である。
神経とがらせる中国
米国、アジア安全保障会議で台湾に言及
6月初め、シンガポールでアジア安全保障会議が開催された。同会議は国家間の国際会議ではなく、 イギリスの国際戦略研究所が地域安全保障枠組の設立を目的として催しており、毎年1回、シンガポールで開かれている。参加地域はアジア太平洋地域、欧米で、国防大臣などが多数参加、地域の課題や防衛協力などが話し合われる。
同会議における今年の」トピックスは案といっても北朝鮮問題をとみられていた。それは米中対話・話し合い路線と結びつくはずだった。ところがアメリカを代表して会議に出席したマティス国防長官は3日、北朝鮮と南シナ海の二つの問題で中国に圧力を加えたうえ、中国にとって最も敏感な台湾問題にまで言及した。これに対して中国側の出席者は、きわめて抑制した態度に終始した、と報道は伝えている。
トランプ政権は、十数年ぶりに原子力空母2隻を朝鮮半島近海に派遣するなど北朝鮮への軍事的圧力を強めている。さらに中国海洋進出でアジア諸国に脅威を与えている南シナ海では、5月24日、「航行の自由」作戦を実施した。トランプ政権では初めてのことだ。マティス国防長官は会議での演説で南シナ海問題を巡り中国の動きを批判し、また、今後も作戦を継続すると語った。
こうした中でマティス長官が台湾問題に言及したことで中国は神経をとがらせている。マティス氏は兵器供与を含め台湾への「断固とした協力を保持する」と表明した。アジア安保会議でアメリカが台湾問題に言及したのは初めて、という。これに対して中国代表団の趙小卓氏は「非常に不適切で悪辣(あくらつ)だ」とまで言ってアメリカを非難した。
トランプ氏は当選後、「一つの中国」政策の見直しを一時示唆しており、中国側の不信感が再燃する恐れがある。北朝鮮問題によって米中連携が取りざたされていたが、トランプ政権の対応でこの先が読めない状況になり、振り出しに戻った形だ。
一方韓国では対話重視の文在寅新政権が誕生、国民の高い支持率を集めている。日本の安倍政権はあいかわらず対話ではなく圧力一辺倒の対応を続けている。こうした三者三様の対応の中で、東アジアもまたトランプ政権に振り回されてますます先が読めなくなって手詰まり感が際立ってきた。
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