連載】現在に生き続ける植民地主義<第8回>最終回・脱植民地化へ

「現在に生き続ける植民地主義 ―歴史的断絶を通して再生する同一の原理とその危機」【連載4】齋藤日出治 大阪労働学校・アソシエ副学長 連載第8回(最終回)
脱植民地化への世界観 暴力的日常の直視とその非暴力的止揚
安倍靖国参拝
 新自由主義のすがたをとった植民地主義と対峙し、その呪縛から自己を解き放つこと、これこそが今日の社会闘争の主要な課題である。日本がひとりひとりの経験の自律を通して社会を創造するためには、他者の規範に自己を委ねる植民地主義の思考から脱する必要がある。

 こんにちの日本が採るべき歴史の選択は脱植民地化のベクトルである。脱植民地化の課題は、なによりもまず日本が近代以降アジアの諸地域に行使した植民地主義の犯罪に対する歴史的責任を果たすことである。そして同時に、そのような植民地主義の暴力を発動する源泉となっている自己の植民地化からみずからを解き放つことである。

 日本は戦前と戦後を通じてみずからの経験を他者に委ねて他者の規範で自己を律する社会を築き上げてきた。その自己植民地化がアジアの隣人である他者に対する植民地主義的な権力行使、つまり生かす権力と殺す権力の発動をもたらした。
 植民地主義は自己と他者の生活と文化に対する全面的な破壊作用を発揮する。今日、この破壊作用は新自由主義のすがたをとって発現している。市場競争の自由という原理が、教育、文化、医療、交通、スポーツなど日常生活のすべてを売買可能な商品に変換する暴力が法と政治とイデオロギーの連携によって強力に進められている[24]

 新自由主義は、市場取引の自由な行動を通してひとびとの生活と生存を破局に追いやる暴力性をはらんでいる。グローバルな金融危機、地球環境危機、原発災害などは、市場取引をあらゆる社会諸領域に押し広げ、社会に及ぼす有害な影響に対する規制を取り払って資本の価値増殖の運動が強力に推進された結果もたらされた巨大なリスク現象である。これらの破局は、近代の植民地主義が社会に内面化され市場取引を通して発現した暴力の帰結にほかならない[25]

南京虐殺での写真と伝えられるもの 脱植民地化は、なによりもまず、日本の植民地主義がもたらしたおびただしい虐殺、盗み、性暴力、虐待、略奪、破壊行為の実態を究明し、その責任の所在をあきらかにし、被害者に対する謝罪と遺族に対する補償をなすことから始めなければならない。そしてその事実を将来世代にたいして伝えることによって、同じ暴力の発動を将来的に封じ込める努力をしなければならない。

 さらに、このような植民地主義を発動した自己の社会の原理を見つめ直さなければならない。今日の日本社会を拘束している帝国の妄想は、日本の敗戦を否認し、さらには侵略犯罪と植民地犯罪の事実そのものを否認し、植民地主義をたえず現在に蘇生させるイデオロギーである。このイデオロギーから自己を解き放つことが求められている。この自己解放のためには、自己のかつての経験を深く掘り下げて見つめ直すという歴史的過去における自己との対話が必要となる[26]

 さらに、日常生活における自己と他者との関係を通して、非暴力の人間関係をつちかっていく日常的な努力が求められている。日常的に振るわれる暴力は植民地主義の犯罪行為に起源を有している。たとえば学校、職場、地域、家庭で頻発するいじめや体罰は、軍隊における日常的暴力に起源を発している。かつて軍隊内でおこなわれたいじめは「攻撃精神を高めるための手段として暗黙の承認が与えられていた」(河原宏[2012]一八三頁)。

 日常の非対称な権力関係に置かれている相手に対して暴力を行使する誘惑は、われわれの日々の日常生活のなかでたえず発動される。この関係を暴力的手段によって処理する道を封じて、非暴力の方法で対応するためには、そのような自己抑制と学習の積み重ねが必要となる。
 上野千鶴子[2015]は、親子関係や介護関係のような絶対的に非対称の関係において権力の行使を抑制し他者との非暴力によるかかわりを学習するという意味において、家庭やケアが非暴力を学ぶ重要な実践の場である、と言う。

 筆者が海南島での住民虐殺における聞き取りで学んだことは、日本軍がもっとも無力な弱者に対してもっとも残虐な方法を用いた虐殺をおこなったことであった。家畜のえさを煮る巨大な鍋を沸騰させ、その熱湯のなかに乳幼児を投げ込む、ゆりかごに寝ている子を空中に投げ上げて落ちてきたところを銃剣で刺し殺す、大きな岩にからだを何回もたたきつけて殺害する、といった殺害方法がそれである[27]。父親と娘に軍隊の前で性交を強要したり、襲撃した家の中で女性を強姦しそのまま焼き殺すことも行われた。

 こういった暴力は、戦闘の任務をはるかに逸脱した次元で、圧倒的に優位な権力関係にあるものが自己の支配欲望をむき出しにするときたちあらわれる行動である。植民地主義の権力関係が、いかに植民者を野蛮化するかを端的に物語る。植民地主義の克服はそのような暴力の発現を許さない日々の学習を通してはじめて可能となる。
 この脱植民地化に向けた経験の自律のための努力こそ、今日日本を支配している新自由主義の経済システムをのりこえるための方向を提示してくれる。脱植民地化に向けた努力は、新自由主義が経済をまるで宗教であるかのようにして信仰の対象とし社会の全領域を経済領域に還元しようとする社会形成のベクトルを転換して、経済を社会のなかに埋め込み、社会によって経済を制御する能力を育てることを意味する。

 このような経験の自律能力の向上は、新自由主義における市場取引の自由の概念に代わる新しい自由の概念を創造する。新自由主義が賛美する自由は、市場競争の自由であり、市場における商品の選択の自由であり、孤立した個人の排他的な自由である。したがって、この自由は市場の競争や商品の選択がもたらす破局的リスクに対して責任を負う意思も能力ももたない。
 これに対して、脱植民地化がもたらす自由は、ひとびとの自由な行動が社会にもたらす結果に対して責任を負う自由であり、その責任を負う能力を育てる自由であり、他者との連帯に支えられた自由である。そのような自由を享受する能力をもった個人の出現によってはじめて日本の近代化の根源に潜む植民地主義からの脱出は可能となる。

[24]
 政治を仲立ちとした法と企業の連携(「新しいコーポラティズム」と呼ばれる)が発動する新自由主義の暴力性について洞察した書として、ナオミ・クライン[2007]と堤未果[2013]を挙げておきたい。
[25]
 福島の原発災害による破局を日本のかつての侵略犯罪の視点から論じた斉藤日出治[2016]を参照されたい。
[26]
 自己の経験を掘り下げる取り組みについて、いくつかの事例を紹介してみたい、
(1) 藤森節子[2013]は、偽国満洲の鉄嶺に生まれ、中国の大地・風土・文化・歴史の空気を吸って育った自己と、帝国日本の侵略者の家族の一員である自己との引き裂かれたアイデンティティ(クレオール性)を真摯に見つめ、中国の大地で過ごした自分の少女時代の身の回りの風景、人間関係、自然のうちに自己の引き裂かれたアイデンティティを読み取ろうとする。また、自分たち家族の生活が中国の経済の収奪によって成り立っていたことを内省し、軍歌に心地よさを感じる自己の感覚のうちに植民地主義者としての感性を批判的に読み取ろうとする。
(2) 雨宮剛[2012]は、生まれ育った愛知県猿投村(現豊田市)で敗戦直前の少年時代に見た朝鮮人の「陸軍農耕勤務隊」の悲惨な姿を目に焼き付け、定年退職した後になって、ほとんど単独で「農耕勤務隊」の実態について地元を回って聞き取り調査をおこない、証言録を刊行した。雨宮はこの書を刊行する意図を、「農耕勤務隊」の存在を否定する人たちに対して、「農耕隊をこの目で見た者の責任」として「わが命のあるうちに記録に残し証明しておきたかった」(まえがき)と語っている。自己の経験に責任を持ち、自己の経験を確かめようとするこの姿勢にうちに、脱植民地化への強い意志を読み取ることができる。
(3) 日本軍人として中国に出征した鹿田正夫[2011]は、中国湖北省で農家の娘を銃殺し、農民を斬殺し、捕虜を虐殺し、捕虜を生体解剖に供するという犯罪をおこなった。敗戦後に、撫順の戦犯管理所で六年間の収用生活を送るなかで「認罪学習」を通して、自らが犯した罪の深さに気づくようになる。鹿田はその自分の生きざまを綴り、軍人としての自己がおこなった蛮行を「人間から鬼への道」と言い、その罪を認めて謝罪する自己を「鬼から人間への道」と表現して、自分史としてその経験を自省している。
(4) 敗戦時に満州で日本軍に見捨てられ取り残された山邉悠喜子は、そのまま中国にとどまり、八路軍に参加し、医療部隊の衛生兵として活動する。その活動を通して人民解放軍と中国人の生活倫理に心を打たれる。そして一九五三年に日本に戻って以降、花岡事件、731部隊など日本の侵略犯罪の究明に尽力した。山邉の半生を描いた小林節子[2015]を参照されたい。
このような自己の経験を歴史的に検証する営みがひとりひとりに求められている。
[27]
 海南島の文昌市抱羅鎮石馬村で一九四二年三月二日に日本海軍第一五警備隊に襲撃され、一七二名の村民が殺害されたときのことについて、同村の初代共産党書記長の王彔雰さん(一九二七年生)が、ご自身が体験したこの残忍な殺害方法についてわたしたちに語ってくださった(二〇一四年一〇月二九日の現地での聞き取り)。

今回の参考文献
・藤森節子[2013]『少女たちの植民地: 関東州の記憶から』(平凡社)
・雨宮 剛[2013]『もう一つの強制連行 謎の農耕勤務隊』(文芸社)
・上野千鶴子[2015]『ケア 非暴力を学ぶ実践』(「社会運動」419号)
・河原 宏[2012]『日本人の「戦争」―古典と死生の間で』(講談社)
・小林 節子[2016]『私は中国人民解放軍の兵士だった』(明石書店)
・堤 未果[2013]『(株)貧困大国アメリカ』(岩波書店)
・ナオミ・クライン[2011]『ショック・ドクトリン』(岩波書店)


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