遺伝子組み換え・GM食品は世界各地で消費者の懸念を呼び起こしながら、生産も消費も減ることはない。特に日本は世界一のGM食品消費国だといわれている。
そんな中で一度は遺伝子組み換えGM作物を導入したが、方向転換し非GMに戻る国や地域も出てきている。その一つルーマニアの事例が映画になった。
ルーマニアはEU加盟にあたってGM大豆の生産中止を余儀なくされたが、その後市民運動の主導でGM大豆生産中止を逆手にとってEU内部で非GM大豆供給国として蘇るというダイナミックな動きを見せている。遺伝子組み換え問題への新らしい視野を提示している映画だ。(大野和興)
EU最大の大豆生産国の混乱
EU加盟直前の2006年、ルーマニアは数十万ヘクタールで栽培していたGM大豆の生産を止めた。映画は、このルーマニアのGM大豆から非GMへの転換=「ユーターン」を、中止賛成派と反対派の双方のインタビューにより描き出している。制作は遺伝子組み換え作物栽培に反対してきたルーマニアの環境NGOのエージェント・グリーン。
GM作物の商業栽培が始まったのは1996年。それ以降ルーマニアは遺伝子組み換えの大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、ナタネ、てん菜の商業栽培を始めた。このことをルーマニアのほとんどの人びとは知らなかったという。当時ルーマニアはヨーロッパでも有数の大豆生産国で、50万ヘクタールが栽培されていた。GM大豆の生産が始まったことで、ルーマニアは欧州でも最大規模の遺伝子組み換え作物栽培国となった。
ルーマニアは2006年、EU加盟を目前にして決断を迫られる。EUは、GMトウモロコシの栽培は認めていたものの、GM大豆の栽培は認めていなかったからだ。しかしGM大豆の生産者は、EU加盟後も生産が続けられると思っていた。
ルーマニアではGM継続派と反対派の間で激しい論争が繰り広げられた。政治的な決断を迫られたルーマニア政府は2006年10月、GM大豆の栽培禁止を宣言し論争に終止符を打った。
EU加盟という圧力に屈した形で、非GM大豆へ“ユーターン”したルーマニアだが、全面的に遺伝子組み換え作物栽培から転換したわけではない。EUは現在、モンサントの害虫抵抗性GMトウモロコシ・MON810の栽培を認めている。ルーマニアでは1万ヘクタールほど栽培されていたGMトウモロコシは、徐々に減ってきているものの栽培が続いている。
ドナウ川流域の非GM大豆栽培運動
EUは大豆輸入大国で、主に家畜飼料用に年間3300万トンの大豆を輸入している。その多くは南米産のGM大豆だ。だが、EU消費者はGM食品に強い懸念をいだいており、根強い反対運動も存在する。非GM大豆への需要も大きい。そうした状況の中で2012年、ルーマニアを含む主にドナウ川流域諸国で、非GM大豆を欧州で自給しようという「ドナウ大豆」の運動が始まった。
欧州の消費者の65%が遺伝子組み換え食品にリスクがあるとして、その購入に消極的だという。こうした消費者意識を背景にして、ドイツなどで民間の認証機関による検査を経たGM飼料不使用の食品への「Non-GMO」表示が始っている。オーストリアでは、養鶏用の大豆飼料が全て非GMになったという。
南米では大豆は大規模な森林伐採で造成された大規模農場で栽培されている。「ドナウ大豆」運動家は、欧州の大豆栽培は森林伐採するも環境を壊すこともなく栽培できる、と指摘する。EU域内での大豆自給を考えるのであれば、ルーマニアやウクライナがそのかぎを握っているという。ドナウ大豆は、欧州独自のもので、輸入大豆に替わる新しい選択肢だというのだ。クロン氏はGM反対を叫ぶだけでは十分ではなく、非GM大豆で収入を得られるモデルを作ることが重要だとも指摘する。
「ドナウ大豆」は、独自の栽培基準を持ち、栽培技術の講習や圃場見学会を行い、農家が納得して栽培するようにしている。2015年に、その栽培面積は100万ヘクタールに達した。2020年には400万トンの生産を目標にあげ、2025年にはEU域内の大豆の50%を生産しようとしている。ルーマニアのユーターンは、EUの規制によって栽培中止に追い込まれた経緯はあるものの、その背景にあるのは「GM食品はいらない」といい続けた欧州の消費者の意思だともいえる。
ユーターンにみる希望
「ドナウ大豆」運動のルーマニア代表ドラコス・ディマ氏は、元モンサント・ルーマニアの幹部だった。かつてのGM大豆推進から立場を180度変えたわけだ。作品の最後で彼は、テレビを観ていたまだ幼い息子の「僕の食べている(大豆油を使った)マーガリンも安全なの」、という一言に心が動いたという。
エージェント・グリーン代表のガブリエル・パウン氏は、「モンサント・ルーマニアの幹部だったドラコス・ディマ氏が、ルーマニアのドナウ大豆運動を率いていることに希望をみる」と語る。