連載3】競争と分断の共進化から 連帯と協同の共進化へ-企業社会から規制緩和と競争社会へ/斎藤日出治

競争と分断の共進化から連帯と協同の共進化へ シリーズ連載(3)
― 関西生コンの社会闘争が切り開いた地平 ―
           大阪労働学校・アソシエ副学長 斉藤日出治

日米安保から日米軍事同盟へ
■参考文献――
●五十嵐慶喜・小川明雄『「都市再生」を問う』岩波新書[2003]
●青木理『日本会議の正体』平凡社新書[2016]
●菅野完『日本会議の研究』扶桑社[2016]
●山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』集英社新書[2016]
●酒井直樹「パクス・アメリカーナの終焉とひきこもりの国民主義」『思想』2015年7月号

三. 戦後日本の共進化の危機と新自由主義的共進化の出現
  -経済の新自由主義化と国権主義の台頭

前号本章1.「企業社会から規制緩和と市場競争社会へ」からの続き

 とはいえ、日本的経営は、労働者の企業意識を高め、他企業の労働者や非正規および周辺の労働者を差別し排除する性格を色濃く有していた。
 日本的経営の基本性格は、労働者を企業共同体に包摂しそのなかで平等の競争関係を通して技能形成を図ることにあった。しかし、1990年代以降の企業のリストラは、内部に包摂した労働者を外に排除し、内部を階層化して、選別する傾向を強くする。

 1995年に日本経済団体連合会が提唱した「新時代の日本的経営」は、企業のこの選別・排除の志向が如実に示されている。
資本家のモラルは崩壊した そこでは、従業員の雇用形態が三つのカテゴリーに分類される。
 第一は、「長期蓄積能力活用型グループ」と呼ばれる管理職、総合職、技術部門の社員グループで、この社員だけが長期雇用契約での採用を許される。
 第二の、「高度専門能力活用型グループ」と呼ばれる企画・営業、研究開発の専門部門のエキスパートは、契約社員として有期の雇用契約が結ばれる。
 そして第三の、「雇用柔軟型グループ」と呼ばれる一般職、販売職の社員については、契約、派遣、あるいは臨時職員という多様な非正規雇用で不安定就労を強いられ、企業の都合で雇用量がフレキシブルに調整されるようになる。
 雇用のフレキシブル化と並行して、賃金方式を年功賃金から成果主義賃金に転換し、個人の能力を重視する新型の日本的経営がうちだされる。

 このような包摂から排除へと転換した雇用政策はもはや日本的経営とは呼べない。それをあえて「新時代の日本的経営」と呼ぶのは、日本的経営の新自由主義的な詐称と言えよう。

 この経営方針に呼応するようにして、政府は雇用の規制緩和についての法改正を進めた。1986年に制定された労働者派遣法が1999年に改定され、派遣を可能とする職種を大幅に増やす。この時期以降、日本の労働者の正規雇用と非正規雇用の比率は大幅に変化する。厚生労働省によると、1990年に総労働人口の20%だった非正規労働者の比率が、2016年には40%へと倍増している。

 企業と政府が一体となった企業主義的調整から新自由主義的調整への転換によって、日本経済の骨格をなした労使間妥協は崩壊する。さらに、金融のグローバル競争に対抗するための都市銀行の再編によってメインバンク制が解体し、株の相互持ち合いによる企業集団の結合も解体再編される。

 戦後に確立された日本資本主義の制度的妥協の構造解体は、日本の企業社会を揺るがし、市場の競争主義的調整を強めていく。労働者は企業というよりどころを失い、不安定就労とフレキシブルな賃金形態によって、かつての企業社会の労使間妥協とは異なるかたちで、長時間労働と過労死の不安へと追い立てられていく。

 市場主義的調整の波は、労使間妥協、企業間関係を超えて、社会の生活空間にまで及んでいく。ひとびとの居住空間であり、コミュニティの場であった都市の空間が、開発業者、ゼネコン、金融資本などの巨大資本の投資活動に対する規制を緩和され、無放縦な開発にさらされる。

マンション建設ラッシュによる居住空間の破壊と孤立化 政府の都市政策が、都市空間のこの規制緩和を強力に推進する。2001年に誕生した小泉内閣が発足と同時に組織したのが「都市再生本部」であった。その設置のねらいは小泉内閣の新自由主義的構造改革路線を都市計画にまで適用することにある。

 この「都市再生本部」によって、一九九〇年代以降続く日本経済と都市の低迷状態を打ち破るため、土地の流動化を図り、民間企業の都市開発投資を促進するために、2002年2月に「都市再生特別措置法」が制定される。
 この法律では、東京をはじめとする全国の主要都市の中心地区を「都市再生緊急整備地区」に指定し、この地域に関しては、都市計画法や建築基準法の適用除外地域と定め、日照権や景観などを考慮することなしに、事実上の建築規制なしの高層ビル建設が認められるようになった。

 東京では、渋谷、池袋、恵比寿、新宿、大崎、品川、東京駅、秋葉原など山手線沿線で高層ビルが建設され、「職住一体」をキャッチフレーズにした都心部のマンション建設ラッシュが始まる。その結果、都心部の地価は急上昇し、2003-2004年の都心部のミニバブル現象が発生する。

 このような都市政策の実施によって、東京をはじめとする日本の主要都市の空間は、都市に住む住民の暮らしを改善するためではなく、企業の投資とビジネスチャンスのために開発され、都心部に集中した都市開発が進む一方で、郊外地区や地方都市は荒廃した状態のままに放置される。 東京の都心部に向けた一極集中と、首都圏と地域との格差が急速に拡大する。

 このようにして、企業の労使間妥協、企業間の妥協、企業と銀行間の金融妥協が解体され、市場競争による調整へと移行し、雇用の法的規制が緩和されて派遣・非正規の雇用関係が急増し、都市空間の規制緩和によって資本主導の都市開発政策が急速に進められる。
 労働者は賃金の低迷と生活苦だけでなく、企業の安定的雇用、労働組合の支え、地域の支えといったセーフティネットを失って、分断され孤立化し、競争と敵対の関係に追いやられる。

2.国家の国権主義的な転換―日米安保条約から日米軍事同盟へ
  
観光スポットとなったベルリンの壁 日本資本主義を支えた労使間妥協の制度、銀行と企業の妥協の制度、企業間関係の制度が、グローバル市場競争の波のなかで解体し、新自由主義的調整へと移行する動きと並行して、これらの制度を根底で支える日本の権力構造が動揺を始める。

 この動揺を引き起こした背景にあるのは、1990年を境とする冷戦の崩壊である。冷戦の崩壊は、米国のアジアにおける軍事戦略の転換をもたらす。米国は日本に固定した軍事基地を置いてそのための巨額の費用をかけるよりも、中東、ヨーロッパ、ユーラシア、ラテンアメリカの世界情勢をにらみながら機動的で柔軟なグローバル軍事戦略を必要とするようになる。

 他方で、日本は、1990年代以降の長期不況とアジアにおける新興工業国の出現によって、アジアにおける経済的な覇権が揺らぐようになる。日本は、この経済的覇権の衰退を補完するために、米国への軍事的な従属関係から脱して日米安保条約を対等な軍事同盟へと再編し、軍事力を増強しつつ、日米軍事同盟を軸にしてアジアの覇権を再建しようとする。

ガイドライン・自衛隊が米軍の下請けに 米国の極東軍事戦略の傘のもとで経済成長をてこにアジアの経済的覇権を確保してきた日本が、日米同盟をてことするアジアの軍事的・外交的覇権の確立へと方向転換を図る。
 冷戦の崩壊は、対共産圏を軍事的に封じ込めるという米国の極東戦略を転換させ、米国は中国との経済的取引を重視する戦略へと向かうが、日本の日米軍事同盟の強化はこの米国の戦略に対応しつつ、アジアの覇権を再確立しようとするものでもあった。

 こうして、日本政府は、1990年代以降、吉田ドクトリンの外交方針を転換し、日米軍事同盟の強化を前面に出し、日本が米軍の軍事的肩代わりをする責任を主張して、自国の軍備強化政策を強力に打ち出すようになる。
 すでに1978年に「日米防衛協力のための指針」で日米新ガイドラインを定め、「朝鮮有事」の際に日本の周辺で武力衝突が起きたとき自衛隊と米軍がどのように役割を分担するかが定められ、「日本が自衛のため適切な防衛力を保有」(『日本の防衛』1979年7月)するとして、日本の軍事的な役割が明示されていた。

 この方針の延長線上に、1999年には周辺事態法が制定され、日本にとって脅威となる事態が発生したときに、自衛隊の軍事行動を可能にする法案が通過した。2015年には「切れ目のない、力強い、柔軟かつ実効的な日米共同の対応」(防衛省、2015年4月27日ホームページ)を積極的に謳うようになる。

 かつて、米国の核戦略に依存して「下請け帝国主義」(酒井直樹[2015])の役割を担い、経済成長によってアジアの覇権を確保してきた日本は、アジアにおける相対的地位の弱体化を補完するために、領土問題や排外主義イデオロギーによってアジア諸国との緊張を煽り、軍事力の増強によって軍事的・政治的な覇権を確保する方向へと向かう[6]

 このような日米妥協の変質は、米国への軍事的従属によって支えられた天皇制にも作用する。
 経済成長を通して日本の国民生活のなかに無意識のうちに定着していた天皇制にもとづく国体の秩序は、経済危機による格差・不平等・貧困の拡大とともに日本の社会の安定を支えきれなくなる。そのために、国体思想を意識化させ、明示化させる必要に迫られる。
 1999年には国旗国歌法が制定され、学校の式典で国旗の掲揚と君が代の斉唱が義務づけられる。近年の女性天皇説、天皇の「生前退位」の議論も、無意識の国体秩序を支えてきた天皇制を自覚化し、国民と天皇制の結びつきを国民に覚醒させようとするねらいがその背景にある。

 かつて、天皇制による国体の護持と米国への軍事的従属との制度的妥協の構造は、経済成長を支える労使間・企業間の制度的妥協の構造と共進化し、ひとびとの日常生活のなかに安定したかたちで根づいていた。テレビ、新聞などのメディアを通して、消費文化を通して、天皇とアメリカが日本人の集合的アイデンティティと社会統合の原理として定着した。
 だが、日米関係が、日米安保条約から日米軍事同盟へと進展するにつれて、天皇制に立脚する国体の秩序は、米国への軍事的・文化的・精神的従属よりも、戦前の帝国の原理と親和的になっていく。天皇を、国民主権にもとづく国民統合の象徴として、「人間天皇」としてとらえるのではなく、国家神道にもとづく神権的国体の元首として再定位しようとする主張が日本会議のような市民団体によって唱えられるようになる。(→この項次号に続く)

※注[6] 民主党政権時代に、日本は東アジア共同体の理念を掲げて近隣のアジア諸国との連帯にもとづく関係をめざそうとする動きもあったが、沖縄の米軍基地の県外移転の挫折が示すように、既存の日米関係を改革することなしに、アジアとの関係の再編はむずかしく、自民党の政権返り咲きとともにこの道は後景に退く。

 参考文献紹介――
―都市再生本部と都心部ミニバブルについては、
●五十嵐慶喜・小川明雄『「都市再生」を問う』岩波新書2003年
―日本会議については、
●青木理『日本会議の正体』平凡社新書
●菅野完『日本会議の研究』扶桑社
●山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』集英社新書
(上記いずれも2016年刊)
―「下請け帝国主義」については、
●酒井直樹「パクス・アメリカーナの終焉とひきこもりの国民主義」
『思想』1095号、2015年7月号

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