連載4】競争と分断の共進化から 連帯と協同の共進化へ/斎藤日出治

競争と分断の共進化から連帯と協同の共進化へ シリーズ連載(4)
― 関西生コンの社会闘争が切り開いた地平 ―
           大阪労働学校・アソシエ副学長 斉藤日出治


参考文献――――
●五十嵐恵邦[2007]『敗戦の記憶』中央公論新社
●武藤一羊[2016]『戦後レジームと憲法平和主義』れんが書房新社
●山口智美ほか[2016]『海を渡る「慰安婦」問題―右派の「歴史戦」を問う』岩波書店

三. 戦後日本の共進化の危機と新自由主義的共進化の出現
  -経済の新自由主義化と国権主義の台頭

この項前号からの続き

3.市民社会の表象の転換
     
 労使間・企業間の企業主義的調整と日米間の制度的妥協が共進化して経済成長が保証された時代から、経済の新自由主義的調整と日米軍事同盟による国権主義的な政治が共進化する時代への転換がこうして推進される。

 市場の規制緩和および自由競争が国家の軍事的強化、権威主義国家の台頭と結びつくのは一見すると矛盾しているように見えるが、このねじれのようにみえる現象を媒介しているものこそ、市民社会の表象転換である。この市民社会の表象転換は、自覚化された表の表象の次元と、深層に隠された無意識の表象の次元との二重構造から構成され、この二重の構造の転換を媒介にして、市場と国家のねじれた共進化の動きが進展している。

 日本が戦前と断絶した「戦後」という表象によって包み隠し否認していた深層の原理、日本国憲法と米国の軍事的覇権の影で隠されていた原理、それは帝国日本の原理であり、その原理のもとに推進した侵略戦争と植民地主義を肯定する原理である。この深層の原理は、同時に帝国日本が行使したおびただしい国家犯罪の事実を否認し、その犯罪を事実上肯定してきた。
 この深層の原理が、戦後日本の権力構造の動揺とともに、市民社会の表象に浮上するようになる。

 だがこの深層の原理は、戦後定着した市民社会の支配的な表象とは矛盾する。戦後に定着した市民社会の支配的な表象とは、日本国憲法に基づく人権・平和・市民的自由と平等の民主主義という理念である。

 この理念は、戦前の軍国主義と植民地主義による国富の増強政策とは対極的な、自由貿易と自由な市場取引にもとづく経済発展による国富の増強政策と連動する。したがって、この理念は、一九四五年を境として戦前と戦後を裁断する日本の歴史的な転換を画する理念とされた。そのために、この理念は日本の国民に定着した歴史認識とも連動していた。

 日本は侵略戦争と植民地主義という過ちを犯して、そのために国民は多大な犠牲を払った。日本は、その過ちを反省し、壊滅的な被害を克服して、戦後復興をなしとげた、とする歴史認識がそれである。

 被爆、空襲、飢餓といった苦難をもたらした軍国主義・侵略戦争と決別し、平和憲法と民主主義の政治体制によって帝国日本の旧体制に終止符を打ち、日本が平和と自由と平等にもとづく新しい歴史をスタートさせた、という歴史意識がひとびとのあいだにそれなりに根づいた。
 冷戦体制下でこの歴史意識に逆行する日本の再軍備、基地強化の反動が始まると、この反動が「平和国家」と経済成長の道を妨げるものと受けとめられ、それが反戦平和運動や反基地闘争の市民運動のエネルギー源となった。

 経済成長の過程は、同時に戦後日本のナショナリズムを支える基盤にもなった。国民は経済成長による国力の増強とアジアにおける経済的覇権の構築を通して、国民意識、つまりナショナリズムを強化した。この表象は、戦前の日本が「富国強兵」とアジアの植民地化によってナショナリズムの意識を高揚させたのとは異なる平和的イメージをナショナリズムに付与することによって、同じように戦前との断絶の表象を強めた。

 だが、すでに見たように、敗戦を被害と受けとめる国民意識 [注7] の背後には、日本の植民地統治と侵略戦争がアジアの民衆に行使した重大な国家犯罪を暗黙のうちに容認し、その加害責任を被害の表象に転移させる無意識の詐術がはらまれていた。

[注7] 五十嵐恵邦[2007]は、人気ラジオ番組『君の名は』、怪獣映画『ゴジラ』、プロレスラー力道山の活躍といった戦後日本人の大衆的人気を博した大衆文化が、日本国民のアジア民衆に対する加害のトラウマを被害意識に転移させたこと、戦後の歴史がその被害を乗り越えていく過程として国民に表象された、と指摘する。1960年代の高度成長や1964年の東京オリンピックは、敗戦という悲惨な被害体験をさらに未来に向かって前進させるエネルギーへと転換させていった。

 日米妥協において日本が米国に軍事的従属しているという被害意識と天皇制の表象によって、日本の加害責任が被害意識に転移され、巧妙に包み隠された。
 日本の国家犯罪の無意識の容認によって、犯罪の事実そのものの隠蔽、忘却、事実の調査の不履行、犯罪者と責任者の特定や被害者に対する謝罪と賠償の不履行、が正当化される。
 政府から独立しているはずの司法も、時効や国家無答責という法律を楯にとってこの正当化に荷担した。

 この国家犯罪の事実上の容認によって、日本は戦前の帝国の原理をそのまま戦後に継承する。 
 そしてこの継承を保証したのが、記述したように天皇制の国体護持と米軍への軍事的従属の制度的妥協であった。
 逆説的なことに、日本はこの制度的妥協によって、日本国憲法が理念に掲げる国民主権、自由と平等と民主主義という社会の表象を通して、帝国の原理を継承する構造を存続させたのである。

 これも逆説的なことであるが、この帝国の原理の存続は、戦前と戦後の断絶という歴史認識を媒介にして保証されたのである。
 つまり、平和憲法と経済成長を通して敗戦の被害から立ち直る歴史がナショナリズムという集合意識をはぐくむことを通して、日本社会は戦前との断絶という歴史認識を強固なものとし、この戦前との断絶という歴史意識によって、日本はみずからが犯した重大な国家犯罪を容認する無意識を温存したのである。

 だが、日本の市民社会における表層の理念と無意識の深層とのねじれた関係は、日米間の制度的妥協とその上に立脚する労使間、及び企業間の制度的妥協の構造が危機におちいるとともに、変質を始める。

 自由・平等・人権・平和の理念を実質的に支えたのは、日本国憲法よりも、日本に固有な労使間妥協と企業間妥協によって編成された企業社会であった。
 市民社会の総体を企業に吸収した日本の労使間関係は、企業への全面的な忠誠を条件として労働者の雇用を長期的に保証することによって、労働者の生活保障と生活権の比較的平等な確保を保証した。この労使間妥協から排除された不安定就労者、失業者、ジェンダー差別(男女間の雇用格差と賃金格差、性別役割分業)を随伴しながらも、この労使間妥協と企業間妥協の構造によって市民社会の表象の理念はともかくも維持された。

 だが、1990年代以降、日本経済の長期不況と共に進行する制度的妥協の動揺によって、市民社会の表象が揺らぎ始める。雇用の不安定と賃金格差の拡大は、一億総中流という表象を幻想とし、平等の理念を突き崩す。

 企業社会の動揺とともに、それに代わって市民社会の表象を支配するのは新自由主義にもとづく市場原理である。市場競争の自由と平等、そのための労働市場、金融市場をはじめとする市場の規制緩和が支配する。平等は企業への帰属による雇用保証の平等ではなく、個人の能力主義的競争条件の平等が、競争の機会均等の平等という理念に掲げられる。

 能力主義的競争の結果がもたらす不平等は是認され、分配の不平等を是正することは、能力主義的競争を妨げるものとして拒まれる。
 政治的権利としての民主主義および人権の理念が後退し、市場原理主義にもとづく個人間競争の自由・平等の理念が支配的になることによって、市民社会の表象が社会を統合する能力を著しく衰退させていく。 
 企業主義的な制度間妥協と共進化していた市民社会の表象が変質して、新自由主義的な市場原理と共進化するようになり、社会の統合力を衰弱させていく。

 それに代わって、社会統合の基盤となっていくのが、国家の軍事化・権威主義化を推進する国権主義の原理である。
 この原理は日本の経済力を基盤とした経済的ナショナリズムに代わって、領土問題や歴史認識を契機としてアジアの近隣諸国の脅威と嫌悪をあおり立てる排外主義的ナショナリズムの表象を喚起する。そして、市民社会のこの表象の転換を契機として、戦後、市民社会の深層に根づいた社会的無意識の構造(帝国の原理)が市民社会の表層に浮上してくる [注8]。

[注8] 武藤一羊[2016]は戦後日本国家が、①米国の覇権、②憲法の平和主義、③「大日本帝国の継承原理」と言う互いに矛盾する三つの原理の折衷として構築されていることを指摘する。武藤はこの三つ原理の折衷を国家論として展開しているが、本論では、この国家論的展開を制度的妥協の構造、および市民社会における共進化の政治として再定位する。そうすると、三つの原理がたんに折衷されているのではなく、相互に補完すると同時に、たがいに矛盾対抗する関係にあり、その関係が社会危機の源泉になっていることが見えてくる。

 だがこの原理は、人権、民主主義を理念とする日本国憲法の原理と矛盾する。市民社会の表層に浮上してきた相矛盾するこの二つの原理が対立する。だが、人権、民主主義にもとづく自由・平等の原理は、新自由主義における市場競争の自由・平等へと変質することによって、帝国の原理に対抗する力をしだいに弱体化させ、帝国の原理に支配的な表象の座を譲り渡すようになる。
 
 これが、「嫌韓・嫌中」の言説、ヘイトスピーチ、マイノリティや難民や障害者の差別と排除を助長するようになる。
だが、帝国の原理と国家犯罪の否認の言説は、日本の市民社会における人権・自由・平等の理念と衝突するだけではない。主権国家日本を超えたトランスナショナルな価値理念とも衝突する。
 日本によって虐殺され、労働を強いられ、性的暴力を振われたアジアの近隣諸国の被害者民衆が、日本政府を告発し、謝罪と賠償を求める。国連人権委員会、世界女性会議、国際法律家協会などの国際組織が人道に対する罪として日本の「慰安婦」問題、強制連行、細菌戦、生体解剖を批判するようになる。

 これらの告発や批判に対して、帝国の原理に立脚する日本の市民社会は、この国際的批判を「日本に対する内政干渉」あるいは「日本を犯罪国家に落としめるための国際的陰謀」へと読み替えて、反論する。右派の論壇が唱える「歴史戦」である。
 市民社会の共進化の構造転換は、このような複合的でトランスナショナルなヘゲモニー闘争を惹起する。

 新自由主義的な調整を原理とする経済構造、国権主義的な国家の組織化、そして帝国を原理とする市民社会の表象は、たがいに共進化して、ひとびとの競争と分断と敵対の関係を増幅させ、分断した諸個人を排外主義的ナショナリズムの理念へと流し込む。(→次号に続く

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