みる 映画『タクシー運転手』/大川ふとし(ジグザグ会)

「タクシー運転手」~約束は海を越えて~
小さな決心と私が「私達」になる歴史的瞬間

 劇場内は夕方前にもかかわらず満席だ。20代から70代までの年齢層がまんべんなく押し寄せている。大手新聞に紹介されたこと、また、韓国の人気監督、人気俳優による作品であることもあるのだろうが、極めて政治的な題材を扱った作品であるにも関わらず、この盛況ぶりには目を見開いた。韓国では1,200万人動員突破の大ヒット作である。

 その題材とは、1980年5月、韓国・光州民衆蜂起、軍による弾圧・虐殺である。公式な発表でも死者154名、行方不明者70名(5.18記念財団による保証金支給者)という陰惨なものだ。本作は外国人記者と彼を乗せたタクシー運転手の実話から構成されたものである。

 韓国では独裁者である朴正煕暗殺後、民主化の闘いが前進するなか、軍部内での路線対立から粛軍クーデターが起き全斗煥が実権を握る。5月17日、全国に戒厳令が布告され、有力な野党指導者である金大中、金泳三らが逮捕される。金大中は全羅南道出身であり、光州での彼の支持は根強く「戒厳令撤廃」「金大中釈放」の闘いが学生を中心に広がるなか、大学が軍により封鎖され軍と学生の衝突が起きる。闘いは市民を大きく巻き込むものとなり、20日の集会は20万人を超える民衆が結集した。

■ マンソプ、記者と出会う

キム・マンソプは、妻に先立たれ、幼い娘を育てるソウルに暮らす個人タクシー運転手。ラジオから流れる「学生デモへの弾圧」のニュースを聞いても「学生は勉強するために大学に行くもの。デモなんかやっているから弾圧される」というようなことを言っている、何処にでもいる一般的な庶民だ。光州との連絡が遮断され、そこでは軍による残虐な弾圧が行われているようだとの情報を得た日本在住のドイツ人記者ユンゲン・ヒンツペーターは、光州への潜入取材を目指す。金浦空港に到着したヒンツペーターは、ひょんな事から、ちゃっかりと金目当てで現れたマンソプのタクシーで光州への潜入を図る事となる。

■ マンソプの葛藤と決意

映画「タクシー運転手」 彼らがそこで目にしたものは、学生だけではなく市民一丸となって闘う姿、抵抗できない市民を殴打し、銃口を向ける軍の姿だ。そして、この真実を報道しようとしない現地マスコミ。ソウルから「タクシー運転手が真実を世界に伝えるために外国人記者を連れてきた」と知り、おにぎりの差し入れをする市民。当初、戸惑いながらもおにぎりを受け取り喜んでいたタクシー運転手の心情は紆余曲折を経て、ソウルから来た金目当ての部外者から光州市民とともに行動する当事者へと変わっていく。外国人記者は単なる「金目当てのお客さん」などではなく、共に苦難を背負う同志のようでもある。娘のために一旦はひっそりと一人で光州を後にする彼だが、苦悩したあげく「お客さんを連れて帰らないと……」の彼の言葉には涙するものも多いであろう。

■ 民衆が明日をつくる

 観客はタクシー運転手の心の葛藤、小さな決心、大きな決心に感情移入しながら光州の闘いの現場に降り立っているかのように映画館での時間を過ごすこととなる。
 ごく普通の人々の、心の小さな変化、小さな決心が、時には大きな決心が、そして振り返った時には大きな犠牲でもあるのだが、それらが、明日を創るのだと「タクシー運転手」と光州の人々は私たちに教えてくれる。この無数の「私」の小さな決心が、私と私を「私達」に変える歴史的な瞬間がある事を感じ取っていただければと思う。銃口を向けられた身動きできない負傷者を助け出そうと飛び出す「私」と身動きできない彼(女)はまさに「私達」である。これらの闘いの蓄積が今日の韓国の民主化につながっている事を実感できるはずだ。

 蛇足ながら、前半で学生たちが「プリパ」を歌う場面が出てくる。あの「我らはプリパだ、チョッタチョア~♫」である。今ではネットですらあまり見かけることもない歌ではあるが、当時の日本の闘争現場でも頻繁に歌われていたのでご記憶の皆さんも多く、懐かしく思うのではないだろうか。

■ 光州事件の真実

 「実話から構成」というところに重きを置いて観ると、終盤のカーチェイス、検問でソウルのナンバープレートを発見しながら見逃す兵士等、仕掛けを作りすぎている感もあるが、その事によって誰もがワクワクと感情移入できる上質な娯楽映画へと仕上がっているともいえるだろう。だからこそ1,200万人動員突破の大ヒット作となり「光州事件は韓国でもあまりにも知られていない。この歴史的事実を知ってもらいたい」というチャン・フン監督の思いは叶えられたのではないだろうか。

 この日本でも一人でも多くの方に「タクシー運転手」を見ていただき、この歴史的事実を知ってほしい。そして、日常を奪われたごく普通の人々が、その日常を奪い返すために、不条理を許さないために、小さな決心を、または大きな決心をして明日をつかみ取ることを。
大川ふとし(ジグザグ会)

4月21日より全国にて順次公開中。
「タクシー運転手」~約束は海を越えて~ 公式サイト
http://klockworx-asia.com/taxi-driver/
映画「タクシー運転手」
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