青年たちは今(5)性と「親と子」の関係を考える/広田麦子

不思議の国のアリス
■ 性への目覚め
 ーーーある映画を見て


 最近、ある映画を観てその中のワンシーンに感動を禁じえませんでした。
 ・・・それは中年男性と小学校高学年の少年(父子ではないけれど、いっしょに生活している本物の親子のような関係)がビーチに遊びに来て浮き輪で海に浮かぶシーンです。少年はビーチに寝そべるビキニのお姉さんの胸が気になってつい見てしまう。少年の様子に気づいた中年男性が「お前、おっぱいが好きか?」と聞くと、少年は「いや、別に」とまるで興味がないふりをする。すると中年男性は「おっぱいは 、いいよな。」としみじみと、半分独り言のように言う。・・・・
 それだけのシーンなのに、なんだかすごく羨ましくて、しばし感慨にふけってしまいました。

 このシーンにおいて、性に目覚めかけている少年は、最も自然な仕方で自らの性を肯定されたように思えます。つまり、今まで「こども」というラベルを貼られて生きてきた彼は、「男」という新しいラベルを、無理やり貼り付けられるのでも、逆に隠されてしまうのでもなく、いつでも手の届くところにそっと置いてあるのを目の端で確認することができたのです。

不思議の国のアリス もしも、ここで女性の胸に興味があることを笑われたり、からかわれたりしていたら、「自分はこどもだからおっぱいに興味があるのは異常なんだ、恥ずかしいからバレないようにしよう」と、内気な少年は心を閉ざしてしまうかもしれません。だからといって、「君ももう思春期だからそういうことに興味をもつのはいいことなんだよ。恥ずかしがらずに胸を張ろう!」などと性教育みたいなことを偉そうに言うのもよろしくありません。だいたい「うん、僕は思春期だから女性の体に興味があるのは当たり前だよね!」と涼しい顔でのたまえる白けたこどもはあまりいません。大人だって「うん、僕は30代だから薄毛が目立つよね!」という風にはなかなか開き直れないのと同じです。

 変化に慣れていないこどもに、その戸惑いを勝手に相対化してみせるのは強引というものです。こどもがよほど苦しんでいるなら、相対化してあげることによって楽になるかもしれませんが、そうでなければこどもの悩みを安易に保健の教科書のような規範的なものに全て収束させようとすると、「みんなと同じく、教科書に書いてあるように、早すぎず遅すぎず発達していかなければならない」という義務感がこどものなかに植え付けられ、今後それに縛りつけられてしまうでしょう。

 映画の中年男は、性に目覚めかけているこどもの性を否定することなく、かといって大絶賛することもなく、そっと、同じ目線から見守っていてくれます。  
 ああ、わたしもこういう風にしてもらいたかった。

■ 私の場合―母の支配の前に
 「女」への扉の鍵を親に渡した


不思議の国のアリス 思春期と呼ばれる歳のころ、母の選んだものを身につけるのをいやがって、自分で選んだ女の子らしい服を着たわたしに、母は「色気づいちゃって」と言い放ちました。それは苛立ちと軽蔑のこもった口調でした。わたしは深く傷つき、恥ずかしくなり、だんだんおしゃれとか、女の子的な趣味とか、恋愛への興味を、親へ隠すようになりました。そうしないと恥ずかしさで死んでしまいそうだったからです。

 「女らしさ」に憧れた瞬間に、自分の女の部分を否定されたことで、「女らしさ」とはわたしなんかが近づいていいものではなく、わたしとは関係がないものなのだと思うようになりました。わたしには自信がなかったので、「女らしくして何が悪いの」とはとても言い返せませんでした。

 わたしはわたしが「女になること」を妨げる親の支配から逃れようと、必死に親の言うことに逆らって、特に高校からは「言うことを聞かない子」になりました。エリート主義の親への反抗で大学受験に敢えて興味がないふりをし、オープンキャンパスにはひとつも行かず、志望大学調査の紙も、ろくに調べもせずテキトーに書きました。しかし、なけなしの反抗も「親に逆らうこと」に固執するというだけの、単なる親のアンチに過ぎませんでした。

不思議の国のアリス 自信のなさゆえに親の視線を内面化し、「女」への扉の鍵を親に渡してしまっていたわたしは、「こども」というもはや狭すぎる部屋に閉じこもるほかなく、その抑圧に対する反抗は「こどものわがまま」でしかなかった。大人になるということは、わたしにとっては、単に年齢があがったり理性的になったりすることだけではなく、自分の性を自分でしっかり認めていくということでした。

 大学に入り、一人暮らしをはじめ、親の目から離れたわたしは、徐々に「女らしさ」を獲得していきました。化粧を始めたり、縁あってスナックでバイトをすることになったり(スナックは女性性を売りにする店ではないが、当時のわたしはそう勘違いしていた)男性に承認されたりという記号的なやり方ではありましたが、それは「女らしさ」に憧れていたわたしにとって望ましいことでした。化粧を始めてしばらく経って、顔の上の違和感がなくなったことに気付いた時、女になれたような気がしました。

 それでも、今も実家に帰るときは化粧を落とします。化粧をしたままで親に会うことが、恥ずかしくてできないのです。

■ 「親と子の関係」の中に閉じこめられ
 そこから抜け出せないでいた


不思議の国のアリス 責任感の強い親でした。わたしが失敗しないように先回りして守ってくれました。でも、ある程度の自由は認めてくれて、進学先は自由に選べたし、高校生の時は4泊のひとり旅も許してくれました。
 いい親だと思います。実際、姉はいつも笑っていて幸せそうでしたし、親の前でも自分を存分に解放しているように見えます。

 では、どうしてわたしは化粧をしたままで親に会えないのか?それは、わたしが親のことを、親という機能としてしか認識していなかったからです。よく母に「お母さんはあなたの召使いじゃないんだからね」と言われていました。つまり、人間として接していなかったということです。それに応じてか、親も恐らく、わたしのことを子供という機能としてしか捉えていませんでした。
 こどもに規則正しい生活をさせ、教育をし、自分の想定通りに育つこどもを見る、という「育成ゲーム」を「プレイ」することで、自分の存在理由を確かめていたようなところがあると思います。

 互いを親と子という関係性の中でしか捉えられず、互いに親であること、子であることを強制し続けた結果、自分は親である、子である、という関係性の中でしか自分を捉えられなくなり、そこから出られなくなってしまったのです。そのような相互依存的な関係の中に、「性」という新しい属性の入り込む隙間はありません。

■ 親の役割って、何?
 息子や娘といった属性を離れて

不思議の国のアリス
 村社会のころは、村で協力して通過儀礼的にこどもを性に目覚めさせていたし、その後も、昭和中期まではお見合いが一般的でした。つまり、多くの人は自発的に努力しなくても結婚できたし、セックスもできた。少なくとも、そこまで熾烈な競争はなかった。その代わり、自由奔放な恋愛をしていると白い目で見られたわけです。

 では、自由恋愛の時代に、親はこどもの性のために何をすれば良いのでしょうか?性教育の本を渡す?お見合いに連れて行く?どちらも悪いことではないですが、前時代に戻るだけです。自由の名のもとには、映画の中年男のように、ただ、黙って見守ることのみが出来ると考えています。シンプルにいえば、何もしなくて良いということです。

不思議の国のアリス しかし、本当に何もしなくても良いわけではありません。自由には責任がつきものですから、こどもが失敗を恐れて親離れできない、ということがないようにした方がよいでしょう。
 まず、こどもが息子や娘といった属性に縛られないような、ゆるい親子関係を作ること。同時に、恋愛や結婚に失敗したこどもがいつでも帰って来られるような、インクルーシブな、懐の深い家族であること。
 「なにもしない」に少しだけ優しさを加えることが、現代の親の役割ではないでしょうか。

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