天皇制と闘うとはどういうことか(2)/菅孝行(評論家)
第二回 「天皇の護憲」をどう考えるか

前号からのつづき
特別連載】天皇制と闘うとはどういうことか 第二回

天皇・米長

園遊会にて「日本中の学校に国旗を掲揚し国家を斉唱させる」とする米長邦雄
東京都教育委員長に「強制はよくない」と釘をさす明仁天皇(2004・10・28)


Ⅱ.<天皇の護憲>をどう考えるか

菅孝行(評論家、変革のアソシエ運営委委員)

◇大衆におきた「親明仁」心情の亢進
 
明仁天皇 護憲平和派の人びとの中に明仁支持の流れが形成されたことには必然性があった。共感は明仁天皇が政府との間に垣間見せる差異が、内容的に護憲平和と憲法三原則の遵守、反靖国、曖昧ながら先代の天皇とは違った歴史的責任への言及という方向で示唆されてきたからだ。またそれは、内容的には憲法99条厳守の精神に則っており、政府が公然と改憲を叫んで公務員の憲法遵守義務違反を重ねているのと対照的であった。

 だが、内容的に「合憲」であっても、改憲派の「内閣の助言と承認」に基づかない、法規の隙間を縫ってなされる発信は、法制上は間違いなく「違憲」である。国政の権能は政府にあるのだから、天皇は、原則的には「内閣の助言と承認」で動くしかない。その限りでは天皇は政府のロボットである。その証拠の一例が、今回の与那国訪問であろう。これは、政府が自衛隊配備に対する住民の納得の機運を醸成するために決めた訪問先だった。

◇個人への共感は制度を正当化しない

反天皇横断幕 天皇個人への共感は制度を正当化しない。しかし、法的には「違憲」の護憲天皇へ人びとの共感の輪が広がったことは動かしがたい事実である。運動家は先ずこの共感の事実から出発しなければならない。そこから出発して、それとは別の、統治形態の変更へ向けた運動を組織する以外に左翼の運動に活路はない。

 象徴天皇制下では、邪悪な政権は政府の意に沿った天皇の邪悪な個人プレーを政府の政策推進の力として活用することができる。他方、政府の意向に対する天皇個人の抵抗には、末端の公務員の裁量権さえないのだから、政権批判の情念のガス抜きとして機能するだけである。「護憲天皇支持」では政府は揺るがない。それでも、ひとまずは次の島薗進の提案を受けとめることが不可欠だ。

「いま……『神聖か、象徴か』は問題ではない、つまり、神聖天皇制も象徴天皇制も天皇制であることに変わりはなく、どちらも打倒対象であるという点では等価だ、という発想を取るべきではない。神権的国体論に依拠した権力の出現に反対の勢力は結束すべきだ、ということです。」
『変革のアソシエ』30号

 だが、それで終わりではない。島薗は次のようにいう。

「象徴天皇制それ自体の中に、神聖天皇を政治制度に組み込もうとする政治意識を育む側面が含まれています。また、たとえ君主制を一掃した統治形態を立憲主義の原則に立って成立させたとしても、公共空間から精神文化や宗教的伝統を完全に放逐することはできません。……価値中立的な立憲主義というものはありえないのです。……立憲主義に立つということは、それを冒す力との絶えざる抵抗の継続だともいえるのです。(同)」

 究極的に重要なのは、国家の統治が帯びる霊性との闘いである。

◇天皇の護憲 知識人の反応

昭和天皇と皇太子時代の明仁 知識人の天皇への共感の輪も護憲平和の大衆と相似形である。自ら「天皇主義者」と宣言した内田樹が典型である(『月刊日本』2018年5月号)。戦争法制反対運動の時、シールズと密接に連帯した高橋源一郎の場合も、基本スタンスは内田と同様に、明仁天皇の平和主義に共感する人びとを政府への反対勢力に組み入れようとする意図で貫かれている。天皇裕仁の敗戦処理と講和における奔走・暗躍ぶりを『安保条約の成立』や『昭和天皇の戦後日本』等の労作で事細かに追跡した豊下楢彦も明仁天皇には共感と敬意を隠さない。

「安倍政権を支える『日本会議』や自民党にあっては、天皇を敬慕し尊重することが、国家のあり方の大前提に据えられているのである。ところが、こうした立場を踏まえるとき、実に奇妙なことではあるが、安倍首相も自民党も「日本会議」も、重要な問題で、ことごとく『御意』に反する方針を掲げて行動しているのである。歴史認識問題しかり、靖国問題しかり、国旗・国歌問題しかりである。さらに言えば、自民党の憲法改正草案では、第三条において『国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。日本国民は、国旗及び国家を尊重しなければならない』との『義務規定』さえ記されている。まさに、明仁天皇が批判した米長邦雄の立ち位置に他ならない。」 (『昭和天皇の戦後日本』

 天皇問題に関する豊下の政権批判の根幹は天皇崇敬を謳いながら一かけらの「敬慕」もない厚顔無恥な利用主義だという点にある。確かにこの政権は、自らの組んだ徒党の欲望と利害のほかは何ひとつ顧慮しない。だから樋口陽一は、民主主義に君主は不要だが、この国の民主主義は「明君」に辛うじて守られている(『東京新聞』2017.12.3)と嘆いている。「明君」の苦渋が極点に達したのが2016年8月8日の「おことば」だというのが白井聡の読みである。

 「腐朽した『戦後の国体』が国家と社会、そして国民の精神をも破綻へと導きつつある時、本来ならば国体の中心にいると観念されてきた存在=天皇が、そのながれに待ったをかける行為に出たのである。この事態が逆説的に見えるのは、起きた出来事は『天皇による天皇制批判』であるからだ。『象徴』による国民統合作用が繰り返し言及されたことによって、われわれは自問せざるを得なくなったのである。すなわち、アメリカを事実上の天皇と仰ぐ国体において、日本人は霊的一体性を保つことができるのか、という問いをである。もし仮に、日本人の答えが『それでいいのだ』というものであるのなら、それは天皇の祈りは無用であるとの宣告にほかならない。 (『国体論 菊と星条旗』)」

 8・8の「おことば」が主権者への問いかけだという認識を私は共有する。

■外部の視線に映る<天皇制国家>像
 
マッカーサー・昭和天皇 だが天皇制の対象化には「日本本土」の<外部>の眼差しが重要だ。仲里効は明仁の「8・8メッセージ」と裕仁の「沖縄メッセージ」はパラレルだという(『情況』2018年冬季号)。この指摘は、天皇の沖縄売り渡しに始まった戦後天皇制が、遂に安倍政権の改憲による「買弁」「売国」という状況に立ち至って出された「8・8メッセージ」なのだから「本土」の護憲平和派のような安易な天皇への共感では済まされない、と示唆している。

 1970年7月7日、盧溝橋事件の記念日に開かれた反戦集会で華僑青年闘争委員会は、新左翼に対して、日本人は革命家でも侵略者であるという鋭い告発を行った(7.7華青闘告発)。新左翼勢力の大半は強い衝撃を受けた。告発の意味を最も真摯に受け止めようとしたのが、のちの東アジア反日武装戦線である。行動の是非は措くとして天皇に的を絞った「虹作戦」を彼らは選択した。理由はこの国が、旧大東亜共栄圏に身を置いた人びとから見れば、武器を札束に持ち替えただけの、問答無用の「天皇制国家」だからに他なるまい。

 皇太子時代に沖縄で火炎瓶を投げられた明仁天皇は<外>の眼差しの重さを身をもって学んだに違いない。その上、西ドイツのような徹底したナチスの責任追及を全くしてこなかった戦後日本は、欧米からも猜疑の視線を注がれてきた。天皇明仁の護憲平和メッセージは、元来、こうした視線をも強く意識したものだったといえる。

■個人攻撃の不毛
  
 だから明仁天皇の下で天皇制が構造的に権力に寄与するのは不可避だが、それは君主個人の邪悪さとは全く別のことである。だが天野恵一の『反天皇制運動ALERT』の連載(「マスコミじかけの天皇制」)での発言は明仁の<邪悪さ>に的を絞っている。一例をあげる。
 天野は「天皇メッセージは安倍政権の改憲政策の先取り」(4号)と書く。こう書くなら天皇が政府の改憲を先取りしていると責任をもって立証すべきである。
 また「アキヒト天皇の立憲主義破壊のヘゲモニーで、安倍政権の協力の下、つくりだされた…<天皇政治>と<安部改憲>政治が二重化した長い状況」(13号)という一文がある。明仁がどうやって改憲のヘゲモニーが握るのか。即位当初から象徴天皇だった明仁に国政の権能なしでも現実を動かした裕仁の真似などできはしない。

 面妖至極の極致は「安部改憲政権と一体化した『護憲』天皇の立憲主義(国民主権)憲法破壊(天皇の天皇による天皇のための生前退位)」(14号)という認識である。どこが「天皇の天皇による天皇のための生前退位」なのか。宮内庁長官・次長の更迭もデキレース、2017年5月21日、退位法成立後、『毎日新聞』で天皇が強い不満を表明したという報道も全部ヤラセとでもいうのだろうか。
 更に「歴史的責任を曖昧にし、侵略への反省を忘却させるための『お言葉』」(15号)とも書く。天皇が沈黙して安倍の居直りに任せていれば歴史的責任は曖昧にならないのか。「(天皇退位法案のプロセスが)「天皇の私的な野心の産物」「<国政の天皇による私物化>」(16号)だとも記されている。天皇の戦争への野心とか国政の私物化という事実がどこに存在するのか。こうした認識で敵にする必要のない多数の人々を敵に回すのは愚の骨頂だ。

■集合的畏敬を超える

 改めて言う。安倍と明仁の対立はデキレースではない。川満信一は天皇の民主・平和志向と安倍の独裁・改憲の対立を「国体主義」対「国家主義」の対立と定義した(『琉球新報』5月26日)。国政の権能は安倍にあり、改憲のヘゲモニーは安倍にある。「生前退位法」は内閣府の意向に即して制定された。敗戦の日の「お言葉」は不十分ながら天皇の立場でなしうる非戦の宣言である。

 正面の敵は権力である。日本国の権力を権力たらしめているのが「聖なる奴隷」としての天皇である。天皇が天皇たりうるのは天皇の霊性へ集合的畏敬である。最大の問題は、この集合的畏敬が主権者自身のものだということだ。このような幻想に拘束されない諸関係を構築するのが統治形態の一掃を目指す反天皇制闘争である。最終回に詳しく述べるが、一言で言えば、それは市民社会の中に権力の支配と権威の呪縛の及ばないカフェ、避難所、駆け込み寺、温床、巣窟を作るところからはじまる強靭な自治力の組織化である。→次号につづく


明仁天皇の2016.8.8 ビデオ談話(抜粋
退位を表明する明仁天皇…天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。…
…天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。…
…天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。…
…始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。…象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを、切に願っています。

連載目次
第一回 安倍政権の末期的醜態と天皇明仁の「護憲・平和」
第二回 「天皇の護憲」をどう考えるか
第三回 象徴天皇制 起源の欺瞞 ―「国体」護持のために沖縄は売り渡された
第四回 二人の天皇と日本国憲法「緊急避難」か国是の指標か
第五回 近代天皇制の起源・展開・終焉
第六回 象徴天皇制 ― 権力・霊性・日本資本制
第七回 幻想の共同性を踏み越えて隣人の相互信認へ
第八回 国家への幻想を超える隣人相互の信認の形成へ

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