天皇制と闘うとはどういうことか(4)/菅孝行(評論家)
第四回 二人の天皇と日本国憲法「緊急避難」か国是の指標か

前号からの続き
特別連載】天皇制と闘うとはどういうことか 第四回
二人の天皇 裕仁と明仁
Ⅳ.二人の天皇と日本国憲法
  ―「緊急避難」か 国是の指標か

菅孝行(評論家、変革のアソシエ運営委委員)

■ 緊急避難の<便法>

 天皇個人の人格や資質は、制度としての天皇制の可否を決定できない。つまり、いい天皇なら天皇制はいいとは決して言えない。しかし、天皇の資質や、それに基づく言動の違いは、天皇の存在が権力の統治に「寄与」する<態様>を劇的に左右する。よって、天皇の資質や歴史的環境の比較検証が不可欠である。

 前回述べたように天皇裕仁は「国体護持」のためにポツダム宣言を受諾しGHQの指示に基づいて行動した。裕仁が戦後国家の統治システムを受け入れたのは「国体護持」のための不可避の<便法>であった。占領統治は、アメリカの国益に日本を従属させる措置に過ぎなかったが、占領下に、GHQのリベラル派が原案を作成した日本国憲法は、主権在民、基本的人権の尊重、絶対平和主義の三原則を規定しており、それは現実政治としての占領の次元とは異なった近代国家と国際関係の理想を語るものでもあった。裕仁にとっては、この「理想主義」は無縁であった

■ 裕仁にとっての「戦争責任」

天皇裕仁 この「理想主義」と無縁だということは、世界大戦後の国際軍事法廷が掲げた「平和に対する罪」・「人道に対する罪」といった戦争犯罪を裁く新たな概念は勿論のこと、戦争責任という観念一般も顧慮の外にあったことを意味する。裕仁は「戦争責任」は占領統治の都合で不問にする密約をアメリカとの間に交わしていた。1975年の記者会見で、天皇自身に戦争責任があると思うかという記者の問いに裕仁はこう答えた。
「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究していないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます」(『朝日』朝刊11月1日)。この人を食った応答は当時、大方の顰蹙を買った。

 裕仁の心事が奈辺にあったか、白井聡はおよそ次のように推測する(『国体論 菊と星条旗』175頁参照)。
<国体護持のために日米合作で作った物語において、天皇に戦争責任はないと政治的に決めたのだ。国民もまた、その物語を欲したからこそ、自分はその物語に忠実に振る舞ってきた。国民も物語の成立に協力してきたのに突然、それをなかったことにするのか。そんな質問には答えられない>。

 「独立」後の天皇裕仁は、生々しい政治の場に登場するのを慎むようになる。大衆を吸引する皇族のイメージ戦略は、皇太子中心にシフトされた。1978年、靖国神社の松平永芳宮司は、東条らA級戦犯を合祀した。「富田メモ」(富田朝彦元侍従長の備忘録)によると、これを知った裕仁は激怒したという。東条らを英霊として称えることは、アメリカとの密約に反すると考えたからにほかなるまい。以後裕仁は靖国に参拝しなくなった。裕仁は終生「国体」を護持してくれたアメリカに忠実だったのである。

■ 天皇と国民の癒着構造

靖国神社 裕仁個人以上に問題なのは、国民大多数の抱いてきた観念である。天皇制の存置も極東軍事裁判での天皇不訴追も、大半の国民は受け入れた。天皇不訴追で安堵したのは天皇や支配層だけではなかったのである。

 戦場に赴いて残虐行為を行い生還した兵士たちもまた安堵した。天皇が訴追されないのなら、天皇の命令で戦地に赴いた兵士の責任もまた免責されるからだ。天皇不訴追は敗戦国の兵士の責任をも不問とするという構造的密約を成立させた。GHQと天皇は東条たちに責任を転嫁することによって、戦地で殺人・強姦・略奪の限りを尽くした兵士をも戦争犯罪の訴追から救ったのである。

 戦後天皇制の幻想の共同性は、国民の戦争犯罪の免責によって再構築されたものと考えるべきである。われわれ日本人の、幻想の共同性との闘いは、この構造的密約の欺瞞の暴露を不可避とすることを忘れてはならない。

■ 明仁天皇 <理念としての憲法>

 1989年、皇位が継承された。明仁天皇はヴァイニング夫人や小泉信三などから、憲法の理念の体現者たれと教え込まれた。その学習を通して戦後日本国家の国是は軍政と独裁に替わる「平和・民主」でなければならないという教訓を骨身に刻んだ。明仁の天皇観は徹頭徹尾「理想主義」的である。即位した時、明仁は<理念としての憲法>の象徴であることを職務と考えた。

被災地を訪問する明仁天皇夫妻

被災地を訪問する明仁天皇夫妻

 「8・8」の声明を読むと明仁がとりわけ重視したのは、「国民の統合」であることが判る。統合の困難を想起させる対象は、父がアメリカに永久貸与したために、皇太子時代、自分が火炎瓶を投げつけられた沖縄、不遇な生を余儀なくされる心身障害者、孤独に沈む余生を強いられる高齢者、震災など自然災害の被害者、ハンセン病患者、水俣病患者、児童養護施設入所者などである。彼は、この統合困難な人々を含めた国民の統合こそが己の任務と覚悟し、三十年間、これらの地域や施設の歴訪を反復した。

 象徴天皇制の制定当時、宮沢俊義など進歩的な憲法学者は、民主主義・平和主義の政治意思を体現している国民の政府の「助言と承認」に基づいて、つまり、政府の意向の「ロボット」として、国事及びその周辺の諸事百般を遂行するのが象徴の仕事であると考えていた。明仁はそれを踏襲しようと決意したのである。従ってそこには、憲法は国民の意思に基づいており、国民の代表が作った政府は護憲(憲法99条遵守)を旨としているからこそ、自身もまたその意志に相応しく振る舞うという相互関係が前提とされていた。 

■ 政権と天皇 ロボットから相剋へ

安倍総理を厳しい目で見つめる明仁天皇  歴代政府は、辛うじて<護憲の政府>の一線を守った。だが、第二次安倍政権が憲法99条の憲法遵守義務規定をかなぐり捨てたとき、政権と天皇は、<護憲=天皇>対<改憲=政府>という隠微な暗闘状態に入った。ただし、天皇の護憲は象徴天皇制の永続を不可欠するものである。

 天皇の8・8のメッセージの、韜晦の限りを尽くした「おことば」の含意を忖度すれば、国民と国民が選んだ政府に対して、これでいいのかと問いかけたと解釈できる。改憲以前に、既に憲法の精神は失われていないか、だとしたら天皇の憲法上の地位は無意味ではないか、天皇の地位と国政の権能の関係を再定義する時ではないか、対米関係はこれでいいのか、沖縄はこれでいいのか、等々の問いが示唆されている。

 一部反天皇制左翼が主張する、明仁が改憲を主導しているという認識には合理的な根拠が全くない。ただし、それは、憲法の前文に記された日本国憲法の精神(国民主権・基本的人権・絶対平和主義の三原則)に照らしてのことであって、形式論理では明仁の8・8の生前退位メッセージに至る政府に対する継続的な異議申し立ては、憲法3条及び4条に抵触する。政治性を有する天皇の意思表示は全て厳密には「違憲」だからだ。翻って、政府に無断でNHKでの天皇の放送を準備した宮内庁長官と次長を安倍が更迭し、自分の腹心を後任に据えたことは「合憲」である。この一事をもってしても憲法一章に関する合憲・違憲を論うことが、どれほど無意味かが判るだろう。

 政府は、皇室典範および憲法に関する一切の議論を回避した。一代限りの退位法の制定に関与した有識者には平川祐弘大原康男渡部昇一百田章所功八木秀次櫻井よしこなど、明仁と対立的な主に「日本会議」系の改憲イデオローグが動員された。明仁は退位法制定の経過と結果に強い不満を表明した(『毎日新聞』2018年5月21日)が、政府は完全に無視した。これが「国政に関する権能」の所在の証にほかならない。

■ 共感と忌避 ふたつのアポリア
 
明仁天皇 以上が裕仁・明仁の政治へのスタンスと憲法の精神への関係意識の対比である。だが、個人の資質や思想の差異は、以下の理由から制度の是非に結びつかない。

 第一に、天皇が権力を批判する勢力からどれほどの共感を得ても、それは所詮癒しかガス抜きでしかなく、国政に対する権能を有しない天皇の主張は権力の専横を止めることはできない。逆に、天皇が権力と同調した場合、主権者を欺く幻想を組織する上で大きな力を発揮できる。

 第二に、天皇個人が仮に権力に批判的であっても、国体・植樹祭・海づくり大会などでは、天皇の名による戒厳体制を警察は敷く。行啓の沿道や開催地の住民は甚大な被害をうける。来年5月に迫った代替わり儀式についてはなおさらだ。権力は天皇の安全を戒厳体制の口実にする。個人の意思を超えて天皇は制度上、反政府勢力弾圧の大義名分とされるのである。

■ 抵抗の統一戦線から霊性との訣別へ

昭和天皇と皇太子時代の明仁 反天皇制主義者は、二つの手続きを踏まねばならない。まず、二人の天皇の差異を知ることである。さもなければ、なぜ、現天皇への共感が多くの人々の中に広がるのかを理解できない。それでは現天皇に共感を覚える人々と反政府運動を共にすることができない。反政府運動を規定力の大きなものにするには、現天皇への共感を抱く人々との統一戦線の組織化が喫緊の課題である。運動の中で、「いい天皇」への幻想は虚妄であることを明仁天皇に共感する人びとに、段々に学習して貰うことが肝要だ。

 次に、権力への抵抗運動から社会変革の運動への飛躍に際して、反天皇制主義者は君主制の是非にケリをつけなくてはならない。問題の核心は、国家の<霊性>である。象徴天皇制を容認することは、天皇の宗教的権威、つまり、国家神道と同一の超越的権威を受け入れることを意味する。これでは、国境の外のほとんどの地域のほとんどの人びとと未来を共にできなくなる。

 勿論、共和制にすれば済む問題ではない。共和制国家でも国家の霊性は国民の幻想の共同性の核心に居座っている。フランスのようなライシテ(非宗教性)の国家にも、宗教ではない国民的紐帯への信仰がある。ルナンのいう「日々の国民投票」への信仰こそフランスにおける<政治の神>である。社会の構成員の水平的な相互信認による自治を実現するためには、権力が幻想領域で駆使できる<政治の神>を駆逐する永続的闘争が不可欠なのである。(次号に続く


連載目次
第一回 安倍政権の末期的醜態と天皇明仁の「護憲・平和」
第二回 「天皇の護憲」をどう考えるか
第三回 象徴天皇制 起源の欺瞞 ―「国体」護持のために沖縄は売り渡された
第四回 二人の天皇と日本国憲法「緊急避難」か国是の指標か
第五回 近代天皇制の起源・展開・終焉
第六回 象徴天皇制 ― 権力・霊性・日本資本制
第七回 幻想の共同性を踏み越えて隣人の相互信認へ
第八回 国家への幻想を超える隣人相互の信認の形成へ

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