書評】ロバート・B・ライシュ『最後の資本主義』を読む(下)/佐藤隆

前号からのつづき

破産したデトロイト

破産したデトロイト

(4)破産について

 破産は元来、人が最初からやり直すために設計された制度で、債権者に平等な損失を配分するものであった。しかし、今日ではやり直せるのは大企業と金融業者だけという様相だ。

破産したトランプ・プラザ

破産したトランプ・プラザ

 1984年トランプ・プラザがアトランティック・シティにオープン、30年後に倒産、トランプは「丁度良いタイミングの撤収だ」とするが、勤務する関連労働者は苦境に投げ出された。
 米国大手航空会社は、すべて過去20年に1回は倒産している。2011年アメリカン航空が倒産し従業員の年金プランを凍結した。その後2013年、アメリカン航空は債権者に全額返済をしている。労働協約を破棄するための戦略倒産だったのだ。
 因みに、2010年日航の会社更生法適用も独立系5労組への攻撃として利用された。

 2008年リーマンショック後、政府は大銀行に数千億ドルを投入、連邦準備制度理事会は830億ドルの低金利融資を実施した。他方、小口投資家と住宅所有者は重荷を負った。米国では住宅ローンの破産はできず、500万人が自宅を失い、20万人が差し押さえにあった。
 もう一つ破産ができないのは学費ローンで滞納は給料差し押さえとなる。学費ローンは米国では2014年までに住宅ローンにつぐ2番目(全債務の10%)のローンとなり、自動車ローンの8%やカードローンの6%を凌ぐ。

 2013年「自動車の街」として有名なデトロイトが破産した。小口投資家が損失を受け、労働者の年金と保険給付が削減された。ところでこの時点でデトロイトのほとんどの住民がアフリカ系、世帯収入の中央値2万6000ドル、子供の半数が貧困であった。その際、郊外オークランドの白人(世帯収入の中央値5万ドル)は痛みを分かち合うことはなかった40年前のデトロイトは富裕層・中間層・貧困層が混在していた。既に2000~2010年に中間層の4分の1と富裕層が郊外へ移転していたのだ。

(5)執行について

 どんな法律があったとしても、実際はそれがどう執行されるかにかかっている。

全米ライフル協会(NRA) 1988年、医薬品業界は「全国ワクチン障害保障プログラム」創設、副作用の責任から免責するシステムを築き上げた。2005年、全米ライフル協会(NRA)は「武器の合法的取引保護法」を実現、銃被害から免責されることとなった。かつては自動車業界もタバコ産業も多額の損害賠償を支払わせられたことと比較すると、社会が企業に有利なルールに変貌していることが解る。

 福島原発事故に先立ち、1880年代GE(ゼネラルエレクトロニック社)のマーク1沸騰水型原発が加熱による炉心融解の危険性が90%であることが指摘されていたが、原子力規制委員会が放置することとなった。GEが2012年大統領選挙に400万ドル、ロビー活動費1900万ドルを使い、天下りロビイスト104人を抱えた「成果」である。

 規制を担保する行政の執行体制の空洞化が進んでいる。

今なお被害が続くメキシコ湾原油流出事故

今も深刻な被害が続くメキシコ湾原油流出事故

 2010年メキシコ湾原油流出事故では、事故調査委員会がBPの油井設置について指導怠ってきたことが明らかになっている。2013年テキサス州ウエストで化学肥料工場が爆発して14人が死亡、200人以上が怪我したが、この工場に30年間立ち入り検査がなされていなかった。労働省安全衛生局と州レベルの労務担当部署の検査官は労働者5万9000人に1人しかいない。2013年は3万4000の交通事故死があったが、高速道路安全の予算は駐イラク大使3カ月分の警護費用分の予算しかない。「1ドルで200ドル回収できる」と言われる内国歳入庁の2014年予算は2010年より7%減、職員は11%1万人減となっている。金融規制改革法と抱き合わせで、執行政府当局の予算削減が進んでいるのだ。
 因みに、日本でも労働基準監督署の監督官、運送業界を監督する自動車監察官などが、違反の実態に対して余りに少数の人員しか保持しておらず執行力がないことは活動家には周知の事実である。

 また、法の執行は判決で骨抜きにされている。

ウォール街を占拠せよ 2010年、金融業界の弁護団がドット=フランク法に従い規制を行おうとする商品先物取引委員会を提訴、連邦控訴裁判所はこれを認め、議会の努力は阻止された。大企業・ウォール街の弁護士団に対して監査行政側は不十分な予算・体制しかない。
 因みに、日本でも2017年10月24日、国税当局から申告漏れを指摘された自動車部品大手「デンソー」が約12億円の追徴課税処分取り消しを求めた訴訟で、最高裁がデンソーが逆転敗訴した2審判決を破棄し、処分を取り消す判決を言い渡している。

 違法であっても持てるものには痛くないもかゆくもない金額の罰金では統制できない。

過労自死を労災認定  電通の体質変わらず

過労死認定されても企業・政府の体質は変わらない

 2013年JPモルガンは不動産担保ローンの不正販売で司法省に和解金130億ドルを支払い、2014年シティグループは70億ドルの和解金、バンクオブアメリカは166億5000万ドルの和解金を支払っている。GMは点火スイッチの不具合で13件の死亡事故を起こして3500万ドルの罰金を支払い、2013年ハリバートンはメキシコ湾原油流失事故で刑事責任として20万ドルの罰金を支払った。SACキャピタルアドバイザーのスティーブン・A・コーエンは2013年年収23億ドル、20年間で110億ドルの富を蓄積したが、インサイダー取引で刑事告訴され、SACは18億ドルの罰金支払った。

 強大な金融機関や企業、超富裕層にとってこの程度の罰金は痛くもかゆくもない。株価にも影響はなく、上級幹部は訴追されていない。
 因みに、日本でも、独占禁止法に違反したゼネコンへのペナルティー、違法な長時間労働で過労死を生み出した企業への罰金、不正を働いて退職した官僚トップに対する懲戒処分が、かれらにとって何ら痛みを与える効果がないことが問題となっている。

2、米国の格差の実相と労組への攻撃

アメリカ貧困層

意見も存在も無視されてきたアメリカ貧困層

 最高経営責任者(CEO)の報酬は一般社員比で1965年20倍、1978年30倍、1995年123倍、2013年296倍になり、1978年から最高経営責任者の報酬は937%上昇したが一般社員の報酬は10.2%上昇したに過ぎなかった。最高経営責任者の報酬ではストック・オプション(予定価格で株式購入)とストック・アワード(ある価格になると取引できる、)など自社株比率が増大し、自社株を買戻して利益を上げている。これは長期的には企業価値を損なう可能性を持っている。

 ヘッジファンド・マネジャーの所得番付上位25人の報酬は平均10億ドル、ハーバード大4年生の70%が金融機関とコンサルティング会社に履歴書を送る。上位1%の配当収入は1978年20%であったが2007年49%になり、値上がり益の75%を独占する。2001~3 ブッシュの税制改革で勤労収入最高税率39.6から35%へ下落、配当への課税は39.65から15%へ、相続税は実質的になくなったに等しい。値上がり益に対する課税は1980年代33%であったものが2014年23.8%になっている。寄付金は課税対象から控除されるが、2011年540億ドルの寄付金のうち、貧しい人に使われるのはその3分1、他はエリート大学などへの寄付等に支出される。

資本主義 1930年代、民間労働者の30%以上が労組に加入、当時のブルーカラーは時給30ドルの交渉能力があった。しかし、経済成長と中間層の所得向上の好循環は1970年代までで終わり、1980年、世帯収入の中央値の伸びが止まった。2013年の中間層の世帯収入は1998年より少なく平均収入は8%減であった。ニューディールと大戦後の公共政策は1980年代に崩壊し、1980年に大中企業の80%に確定給付型退職金制度があったが現在ではそれは3分1になり、雇用に伴う年金も1979年50%以上あったものが現在は35%となっている。1979年以降労働者の生産性は65%上昇したが、報酬は8%上昇したにとどまる。多国間・各国間の自由貿易協定は知的所有権や金融資産を保護し、労働者の権利を侵食している。

 1965年当時の最大の雇用主はGMでその労働者の平均時給35ドルであったが、2014年の最大の雇用主はウォルマートとなり、労働者の平均時給は11.22ドルとなっている。ウォルマートは労組に敵対的な企業。民間の労組加入率7%にとどまる。
 1981年レーガンは国家航空管制官を大量解雇、2013年にアメリカン航空が労働協約を破棄するための戦略倒産。タフトーハートレー法(1947年制定)の労働権(クローズドショップ制の禁止とユニオンショップ制の制限)を適用する州が1980年代から拡大、企業は労働権のある州への移転を恫喝に労組にこれを認めさせ、組合員であることの利益を失わせた。現在、不当労働行為を監督する「全米労働関係委員会」は予算削減でおびただしい未処理案件を抱えている。日本での国鉄分割民営化による総評解体―労働委員会の国労救済命令の東京地裁による棄却と類似する過程と言える。

 現在、米国のワーキングプア4700万人、2014年最低賃金7.25ドルは実質で1996年より低い。2013年食料寄付プログラム利用者は4600万人でその半数以上が有職者とその家族である。失業手当を受け取る失業者は26%にだけである。
 2008年ショックでの失業者の22%がファストフードと小売店、その後の職創出の44%もファストフードと小売店、その平均年齢は2014年28歳、女性が3分の2を占める。ところでデンマークのマクドの賃金は時給20ドル、しかしビックマックの値段は0.35ドル高いだけである。

Labor rights activists demonstrate outside Walmart's lobbying office in Washington 2001年には懸命に働いて出世するチャンスがあることに満足する米国人は77%、不満は22%であったが、2014年には満足は54%、不満は40%となり、2015年、大半の米国人がTPPに反対している。
 戦後、大企業と金融業界の権力を相殺する中枢として地域の商工会議所、地元エリート、軍人会・農協・労組などの全国組織の地域拠点が存在してきたが、1980年代から衰退、現在はコーク兄弟系列の献金は4億ドルで、トップ10労組の献金合計の2倍に昇る。選挙費用が急上昇しており、政党は資金調達マシーンとなっている。2014年、「平均的なアメリカ人の公共に及ぼす影響はゼロに近い」という調査研究が発表されている。引退した上院議員の半数と下院議員の42%がロビー活動し、上位0.1%の連邦選挙への献金は40%を占める。当選した政治家が意識するものは金融業界と富裕層なのだ。
 政治が腐敗していると感じる人は2006年59%から2013年79%へ、選挙の都度、投票先を変え不満を表明している。2014年、「大企業は悪である」と答えた人は51%、民主・共和党に変わる第三政党が必要だと答えた人も58%に昇る。

3、怒りを組織し、新しい社会を築こう

関生労組デモ こうして見てくると、資本主義の生産を拡大して成長を続けるというモデルが崩壊し、金融投機と格差の拡大で富裕層が利益を得ていることが解る。社会に矛盾と不満が増大し、現状ではそれがポピュリズムや排外主義という逆流現象を起こしているのだ。貧困が拡大しているのは金持ちに有利なルールが拡張しているからであって、移民や他国の脅威が増大しているからではない。私たちはこのことを暴露し、労働者階級の怒りと行動を組織していかなければならない。
(佐藤隆:愛知連帯ユニオン 2018年5月4日記)



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