天皇制と闘うとはどういうことか(6)/菅孝行(評論家)
第六回 象徴天皇制―権力・霊性・日本資本制

前号からの続き
特別連載】天皇制と闘うとはどういうことか 第六回
新年天皇一般参賀(2019)
Ⅵ.象徴天皇制―権力・霊性・日本資本制

菅孝行(評論家、変革のアソシエ運営委委員)

明治国家の「神権」

「ご真影」への恭順が子供たちに訓練された

1890年頃より「ご真影」への恭順が子供たちに繰り返し訓練されるようになった

 明治維新の権力が当初目指した祭政一致国家の権威の性格は、宗教的神権と政治の主権が一体化した、古代律令国家の権威の復古であった。しかし、維新権力は教派神道や仏教諸宗派の抵抗、及び祭政一致を野蛮と見なす国際世論への配慮から、これを思い止まらざるを得なかった。神権天皇制の権威は、「迂回路」を辿って欽定憲法体制の確立により漸く成就される。

 明治憲法の規定する「神権」への信仰は、宗教一般への信仰と区別された「臣民」の義務とされ、教育勅語や修身教科書によって「小国民」に刷り込まれた。天皇は支配層にとっては制限君主であったが、大衆は現人神として崇敬した。この天皇信仰は、奉安殿の火事でご真影が焼けた責任を取って自殺する校長が続出するなど多くの犠牲を生んだ。また、1930~40年代には、菊池武夫、蓑田胸喜ら「狐憑き」が現人神への「不敬」というカードで恫喝し、人間狩りを重ねた。

象徴天皇の「神権」

占領軍に護衛される昭和天皇

米軍は天皇信仰を守ることで利益を得た

 敗戦後、「神道指令」による政教分離が行われたにも拘らず、天皇の神権は明治期とは別の意味での「迂回路」を通って延命した。「神道指令」は、国家神道の宗教教団と政治権力を切断したが、占領軍は日本人の天皇崇敬自体は占領統治を阻害しないと判断した(J・ダワー『敗北を抱きしめて』島薗進『国家神道と日本人』参照)。その結果、天皇の霊性の根拠としての国家神道の信仰自体は占領政策によって守られたのである。「敵国日本」へのこの「寛容」はアメリカに大きな利益をもたらした。

 「神権」の延命には、占領政策が全く手をつけなかった皇室神道・皇室祭祀が重要な役割を果たした。但しそれは、国家の公事でなく皇室の「私事」となった。民間では神社本庁と傘下の宗教施設や靖国神社・護国神社が延命した。彼らは憲法で信教の自由を保証されたのである。戦後遠からぬ時期でも公共施設での竣工式などで行われる神道儀式は、裁判で合憲とされることが多かった。また、戦後生まれの新宗教にも天皇を信仰する教団が少なくない。

近代国民国家の支配の三つの位相と象徴天皇

「私事」名目で続く皇室神道(新嘗祭=勤労感謝の日)

「私事」名目で続く皇室神道(新嘗祭)

 連載Ⅰに述べたように近代国民国家の統治には、三つの位相がある。第一が資本制、第二が政治権力、第三が幻想の共同性である。この三つの位相の三位一体によって国家の統治は遂行される。象徴天皇制における天皇は「国家最高地主」ではないし国家独占資本でもないので(1)とは直結しない。また天皇は国政に関する権能を有しないので(2)にも接合しない。天皇制の機能は専ら政治権力と霊力を結合しその正統性を国民に承認させる幻想の共同性の統合作用に関連する。幻想の共同性とは、主権者が内面化した国家の宗教的権威だから、これとの闘いは、制度との闘いであると同時に、主権者にとって半ば自己に刷り込まれた観念との闘いなのである。

 国権を握る政府は、統治の正統性の担保のために国事と統合の象徴としての公的行為を天皇に求める。天皇は「内閣の助言と承認」の下でそれらを執り行う。この相補性は、憲法に規定されたものである。よって、政府と天皇の間に、憲法に対する態度において矛盾が存在しないという前提でのみ安定的に運用されえた。戦後史上初めて、行政府が改憲を推進する安倍政権の下で、安定的運用の前提は激しく揺らいでいる。

日本国憲法の特異性 

日本国憲法に署名する昭和天皇

日本国憲法に署名する昭和天皇(1946年11月3日)

 憲法に、君主は国政の権能を有しないと明記された日本国憲法は外見上極めて共和制に近い。反面、先述のように君主の神権的権威の強い呪縛力は生き残った。また神権的権威それ自体に政治的内容は存在せず空洞である。よって、権力の意思によってどんな政治内容をも挿入することができる。権力の性格が「ロボット」の性格を規定するのである。

 天皇の地位は「国民の総意」に基づき、国民の政府が憲法の精神を体現している限り、憲法精神の化身として象徴職の天皇は憲法三原則の守り人たる「使命」を果たさねばならない。これが元来の「天皇ロボット論」の趣旨であった。周知のように「ロボット」である天皇には、職業選択の自由も居住の自由も婚姻の自由も選挙権被選挙権等の政治的権利もない。天皇は「聖なる奴隷」である。天皇がこの地位に甘んじるのは、憲法の三原則を国民の政府が遵守する対価でなければならなかった。

日本会議派の「政治利用」と主権者

安倍内閣「日本会議」が占拠「男女共同参画」に反対 それゆえ「個人」としての明仁天皇の側には、改憲を推進する安倍政権の下で象徴職を忠実に遂行する理由は存在しないという疑念が募ったに違いない。それを皇族特有の間接話法で示唆し、憲法の然るべき姿の再考を国民に求めたのが8・8声明にほかならない。生前退位は、この問いの糸口に過ぎまい。

 だが、政権は神政連中枢のカルト集団によって組織された日本会議派に支えられている。この勢力は天皇の護憲的・反政府的言動を抑圧し、政府のロボットとして天皇を駆使することだけを考えてきた。自民党改憲草案の「天皇元首化」の狙いは元首化で象徴より使い勝手を良くすることにある。

 天皇個人は護憲の立場からそれを忌避していると推察されるが制度上の権能は政府がもつ。問題は、こういう政府を選挙制度の不公正に原因を帰することができないほど多数の主権者が支持する現実にある。

皇室祭祀の霊力

神武天皇祭

神武天皇祭に出席する明仁天皇

 「違憲」の政府を敵とし「護憲」の天皇に与すれば済むという話ではない。現在、天皇が斎主を務める皇室祭祀即ち「大祭」には、元始祭・昭和天皇祭・春季皇霊祭・神武天皇祭・秋季皇霊祭・神嘗祭・新嘗祭がある。この神道儀式に三権の長、閣僚、高位の官僚・裁判官、国会議員などが招待され、多数が参列する。現人神のオーラが最高位のエリートに噴霧されるのだ。この事実は「私事」であるがゆえに報道されない(島薗、前掲)。

 ここでは天皇が護憲派の平和主義者だなどということに一文の値打ちもない。斎主の明仁天皇は国民の安寧と共に天皇制の永続を祈願する。この霊性が天皇制継続の根拠である点で戦前・戦後は連続している。象徴天皇制ある限り、その権威は神権天皇制に転化しうるのである。今後、政府が天皇元首化に向かうか否かは、政権がどんな内容の「政治利用」を望むかに懸かっている。

日本資本主義と天皇制

官営八幡製鐵所

官営八幡製鐵所

 日本資本制と天皇制の関係も、統治形態再審の重要な主題である。明治国家では、権威と一体の権力が資本制資本制を総括し、それを通じて市民社会が総括された。明治国家の実態(「密教」久野収)は制限君主下の寡頭制だが、理念的には神権天皇の独裁制(「顕教」久野収)とされた。上からの近代化を推進するこの統治形態は後世世界随所に生まれた開発独裁の先駆である。

 権力が強行的に推進した日本資本制の形成には、このヤヌス(双面)的統治が親和的だった。野呂栄太郎ら「講座派」の人々は、この特殊性に着目して維新権力を絶対主義と規定した。「労農派」の猪俣津南雄たちは、資本制国家だという実体に着目して明治国家をブルジョワ革命と定義した。(日本資本主義論争

 戦後国家の統治形態では「民主主義的」手続きで選ばれた権力が資本制を総括した。市民社会は天皇の神権を崇敬しその価値を内面化しているので、権力の統治は天皇の霊性に権威づけられれば、市民社会はこれを承認した。この「民主制国家」の実体は戦前とは別種の密教天皇制であったともいえる。しかも、主権者の大勢は政策を政権に白紙委任してしまうため<主権者の密教>でさえもない。更に注意すべきことは、天皇の上にアメリカが載っているという事実である。天皇は国政に関与する権能はないが、アメリカは干渉する権限を留保してきた。

 他国に干渉するアメリカの権限は日本が敗戦で破たんした資本制をアメリカに育て直して貰った対価ともいえる。アメリカは緊急時に貪り食う子豚を育てたのだ。対米自立か従属か、歴代の政府は対米関係に神経を使ってきた。だが、この三十年来、日本はアメリカに強請られることが常態化した。戦後日本の統治形態はアメリカが後日強請る権利を保持するために設計したのかとさえ思えるほどだ。

明仁天皇の「違憲」言動の機能

明仁天皇の「違憲」言動の機能 それでも一面では戦前よりは遙かにましと主権者も判断したため74年間象徴天皇制下の民主主義は持続した。憲法が天皇を国権のロボットと決めた以上、天皇の脱「ロボット」化は、形式論理上全て「違憲」である。だがこの数年、政治的内容に即せば、天皇が護憲、政府が違憲という捩れが生じている。権力の私物化や、基地・被災地を蹂躪する国策への異議申立てを示唆し続けた天皇明仁の、形式上「違憲」の言動に多数の国民は共感した。

 では、天皇の「違憲」言動は民主主義と平和の盾となり得るのか?否である。象徴天皇の憲法上の地位は、政府という「猿回し」の望む「芸」を披露する「猿」でしかない。政権の意に沿う天皇の言動は幻想の共同性を担保するものとして政権に寄与する。天皇「個人」の反政府的言動に政権は従う義務を有しない。だから主権者の多数がそれを支持しても国民を慰撫するガス抜きとしてしか機能しないのである。国政の権能が天皇にない戦後天皇制においては、個人と制度を峻別して認識することが不可欠だ。

共和制は出発点

明仁天皇 制度としての君主制の容認は隣人の相互信認による自己統治と相容れない。君主制は君主の霊性によって人の上に人を、人の下に人を作り、諸差別を正当化する。さりとて、やみくもに明仁天皇の「護憲のための違憲」の言動を、天皇主導の「壊憲」などと誹謗するのは見当違いも甚だしい。

 君主制を廃絶することは、人間諸関係を律する<互助・共助>のシステムを構築する一歩でなくてはならない。さもなければ共和制もまた呪われたシステムとなる。フランス革命、ロシア革命が隣人の相互信認を保証する社会を実現し得なかったことを他山の石とすべきだ。過去の「革命」は未来を照らさない。君主制廃絶は隣人の相互信認を作り出す必要条件であり、十分条件ではないのである。
次号に続く


連載目次
第一回 安倍政権の末期的醜態と天皇明仁の「護憲・平和」
第二回 「天皇の護憲」をどう考えるか
第三回 象徴天皇制 起源の欺瞞 ―「国体」護持のために沖縄は売り渡された
第四回 二人の天皇と日本国憲法「緊急避難」か国是の指標か
第五回 近代天皇制の起源・展開・終焉
第六回 象徴天皇制 ― 権力・霊性・日本資本制
第七回 幻想の共同性を踏み越えて隣人の相互信認へ
第八回 国家への幻想を超える隣人相互の信認の形成へ

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