松尾匡『反緊縮のマクロ経済政策の緒理論』を読んで/佐藤隆

国際連帯と運動の拡がり目指し
国際資本搾取へ反撃の「反緊縮」

イエローベスト運動

イエローベスト運動はマクロン背後の国際資本を標的にできるか


 緊縮財政による国際金融資本の締め付けに対峙するように欧米では、左派を中心に「反緊縮」傾斜への期待が急速に拡大する。英国労働党コービンの積極財政論、貧困層への富の回復を訴えるフランス黄色いベスト運動などこの動きは今後の世界の潮流だろう。わが国でも大衆貧困化を食い止める「反緊縮」策で、薔薇マーク運動を提唱者する松尾匡立命館大学教授がこの概要を報告。欧米現情勢をまとめたその最新論文が大きな話題を呼び、編集部にも関係者の論考が寄せられている。(編集部)

【佐藤・記】大阪労働学校アソシエの松尾匡講師(立命館大学経済学部教授)が、大阪市立大学経済学会刊行の『經濟學雑誌』第119巻第2号に論文『反緊縮のマクロ経済政策諸理論とその総合』を発表されました。その論文はこちらのURLからも読むことができます。
 コービン、サンダース派などの欧米反緊縮勢力の主張の背景にある経済政策理論には、ニューケインジアン左派。いま話題のMMT、信用創造廃止論などがありますが、この論文は、これらの政治勢力との関係、共通点、対立点などを整理し総合化することを試みています。また、現在、松尾講師が行っておられる薔薇マークキャンペーン運動での理論的基礎付けを現わす内容でもあるかと思います。皆さんも是非、ご一読下さい。以下、私の感想を綴りました。

1、階級的視点と現実の経済

 松尾先生も白井聡さんとの論争で階級的な視点の重要性を指摘し、本論文でも「結局,労働者協同組合などが本当の意味で生産手段共有の内実を持つためには,全社会的な規模での投資の社会化がなければならない。それは、民主的国家の手への信用の集中という『共産党宣言』の命題に戻ることである」とされているので、基本的な視点は私と変わらないのかと思います。
 そこで、反緊縮闘争についても、それは何を巡る階級闘争であるのか(あったのか)ということが重要と考えました。誰が何のためにという問題を抜きにして、資本主義制度を前提とした政策論争としてしまうと、反緊縮を巡る議論もつまらないものとなるでしょう。
 私の狭い見識では、ヨーロッパの反緊縮闘争というと、リーマンショック後のソブリン危機の中、2015年前後、ポルトガル・イタリア・ギリシア・スペイン(PIGSなどと言われた)での、トロイカ(EU,ECB,IMF)による債務返済のための緊縮財政強要に対する激しい闘争を想起します。これはドイツ金融資本などの国際大資本が貸手責任を棚に上げ、民衆の利益と権利を犠牲にして債務の返済を迫ったことによるものでした。 
 「反緊縮」はグローバル大資本の搾取に対する労働者民衆の正義の要求でした。
 似たようなことは、1980年代の中南米のIMF暴動などとしてもあったと思います。

 今日のサンダースやコービンの反緊縮政策は、上記の歴史を踏まえつつも、債権の貸手側の国における議論として少し様相を異にしているかと思います。そこでは政府の公共的支出の削減に反対する一方、大企業や富裕層に負担をかける増税で財源をつくることを求めています。この後者が一つの核心をなしていると思います。
 大衆闘争が後退し、新自由主義が跋扈する中で、ピケティなども詳しく書いたようにグローバル大資本はことごとく課税から逃れ、民衆だけが課税強化の対象とされている状況です。国家財政が破綻するのはその点でも必然です。タックスヘイブンで逃れた税金があれば世界の貧困層を何度か救えると、どこかで読みました。
 サンダースやコービン、メランションらの掲げる政策が一定の社会的な影響力を持ち得るのは、欧米でそういった不平等に真向から異議を唱える勢力がまだ存在する、あるいはそういった勢力が生まれてきているからだと思われます。逆に言えば、その力の分だけ大資本への課税や、増税反対と両立する公共への支出を求める声を上げていけるのだと思われます。
 日本の反体制勢力は絶滅危惧種に近い状態です。2009年~13年、民主党政権が成立しながら消費税増税を掲げて自壊した当時なら、薔薇マークキャンペーンの議論も面白かったかと思いますが、今はなかなか難しいのではないでしょうか。

2、経済学理論について

 私は高校を中退するまでは数学が好きでしたが、その後、使わないので忘れてしまいました。よって関数での解説部分は理解できませんでした。
 アメリカでキャシー・オニールさんという数学者が、「アルゴリズムによる加害を止めよ」と訴えています。現在、特にICTに関連する分野や、また行政までも、数学を使った部分が内容を抜きに結論として強制されていることを弾劾しています。
 数式の結論は客観的な真理のように取り扱われますが、そこには数式の前提とされている命題やデータの抽出の是非について議論がなければならないはずです。
 民衆は生徒ではなく、理解できていないものを専門家に説明させ、理解させる責任を問うていくべきであるとしています。 
 そこで私も表題論文について、敢えて数式の部分も目を通してみました。

 乱暴な理解で申し訳ないのですが、数式の前提になっているのは「商品交換は貨幣を媒介とした物々交換だから需要と供給は最終的には一致する」というセイ法則であると思われます。ワルラスの法則も広義のセイ法則とのことですから、そういってもそんなに違わないと思います。
 そして、セイ法則にもかかわらず、需要が供給に追いつかないのは何故かという問いに、ケインズは「流動性の罠」=「流動性選好」という需要の側の「心理」を持ち出すわけです(ピグーはまた別の心理を持ち出します)。要するに本来一致するはずの需給バランスの歪みを正す財政政策という発想です。ケイジアンにしてもMMTにしてもヘリコプターマネー派にしても、その解釈の違いのように読めました。
 ところで、20世紀前半のヨーロッパのハイパーインフレや現代の後進国における債務危機などによるハイパーインフレをMMT学派などはどう説明するのかという疑問が浮かびました。それは一国レベルの政策の失敗ではないはずです。

 私の需給ギャップについての理解は、ケインズ派とは別のものです。資本論第2巻の再生産表式のように、資本主義における需要と供給は、単なる貨幣を媒介にした商品交換ではなく、それはその交換を通して資本主義の生産体制そのものが再生産されなければならないのです。
 その場合、通常、拡大再生産を続けるためには、資本が直接生産できない労働者数の増大が必要であり、労働者数の増大が拡大再生産に追いつかなければ、まずは消費需要が停滞して需給ギャップが生まれ、恐慌や戦争と言った暴力的な破壊や調整が必要となると考えます。
 ニューディール政策では不況を脱出できずに第二次世界大戦に至ったこと、リーマンショックを抜け出すには先進国の財政出動と金融緩和だけでは足りずにBRICSなど新興国を成長の軌道に引き込む必要があったことはそのような資本主義の制度的な矛盾を示していると思います。
 話がそれたようですが、そうではなく、資本主義という制度を問題にしないで、政策だけを論じても余り意味がないのかな、と思ったのです。

 部分的な点の感想ですが、
・[民間債権増]={政府債務増}+〈海外の我国民への債務増〉
 だから、財政赤字は民間の債権増にすぎないという主張がありましたが、同じ[民間]といっても持てる者と持たざる者がいます。世界上位26人の資産が下位38億人の資産に匹敵する今日、政府の債務増は、以前までは政府の財政に繰り入れられていた収入が個別巨大資本の所得に転化し、公共が後退していることを示しているともいえると思えました。分配の不平等の問題です。
・「中央銀行も政府の子会社なので,政府と統合して扱う。日本の場合は、この官の買いオペの結果、国債残高の43%,470兆円近くは日銀が保有しているので、その分は国の債務としては存在しないということになる」という主張もありましたが、同じ論理で「子会社=中央銀行の資産(国債)は親会社=政府の負債としあるのでその分は存在しない」、すなわち中央銀行は債務超過だということにならないでしょうか? 
 そのことが本当に現実化すれば、やはり信用の崩壊、貨幣価値の下落、インフレとなるのだと思います。
「財政危機は政府のプロパガンダだ」というのは一面の真理ですが、それだけでしょうか?

3、運動論として

 冒頭にも書いたように「結局,労働者協同組合などが本当の意味で生産手段共有の内実を持つためには、全社会的な規模での投資の社会化がなければならない。それは,民主的国家の手への信用の集中という『共産党宣言』の命題に戻ること」が必要です。
 説得力ある運動になるためには、オルタナティブが是非とも必要ですが、それは自己完結的なものではなく、社会的な変革への過渡的政策と位置づけられるものだと思います。資本家が支配する制度をそのままにして政策による解決があるかのように言うのは欺瞞的になってしまうと思うのです。 
 薔薇マークキャンペーンについても、「なぜ自民党議員を公認しないのか」などというネットの書き込みもありましたが、その点をはっきりさせる必要があると思うのです。

 富裕層への課税強化は民衆運動がよほどの力を取り戻さなければ実現しないでしょう。同じ金融緩和や財政出動でも、資本家がより大きな利益を得るためなのか、労働者階級の分配を増やすためなのか、の闘争は不可避です。
 また、論争的に言えば、富裕層への課税は、課税を強化する国の競争力の後退や資本の逃避を生み出します。従って、富裕層に課税して、公共への支出を拡大することは国際的な運動の前進も必要となるでしょう。
 一国だけで国際資本に課税するとベネズエラのような経済制裁の対象にもなります。ギリシアのチプラス首相がバルファキス元財政相の政策を受け入れずにトロイカと妥協したのは、経済政策理論の違いというより政治選択の違いなのではないでしょうか。
 経済政策は階級闘争に立脚して論じるべきだと思います。


松尾匡教授松尾匡さん=1964年生まれ、日本の経済学者。専門は理論経済学。立命館大学経済学部教授。博士(経済学)金融緩和策を重視し数理モデル分析やゲーム理論をマルクス経済学に応用する。2007年、『商人道ノスヽメ』により第3回「河上肇賞奨励賞」を受賞、著書多数。―『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』は最新刊(本誌既報)。4月の統一地方選挙と7月の参議院選挙に向けて、立候補予定者に「反緊縮の経済政策」を提起し、趣旨に賛同する候補者を「薔薇マーク」に認定するキャンペーン代表者でもある。

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