天皇制と闘うとはどういうことか・補論(1)/菅孝行(評論家)
天皇制国家にいかにして始末をつけるか

連載】天皇制と闘うとはどういうことか・補論 第一回
軍事施設として建てられた靖国神社
1.天皇制国家にいかにして始末をつけるか

菅孝行(評論家、変革のアソシエ運営委委員)

スフィンクスとしての天皇制

 天皇制問題は、日本の政治思想・革命理論にとってのスフィンクスである。戦前、このアポリアに立ち向かった左翼は、次々、謎を解けずに取って食われた。講座派は、天皇制という日本固有の統治形態に着目することに成功したが、コミンテルンの路線に従属することによって、現実と理論の乖離に耐えきれない隘路にはまり込んだ。労農派は日本が高度に発達した資本制社会であることの分析に成功したが、日本君主制固有の課題を見出せなかった。いずれのエコールも日本国家の幻想の共同性、すなわち国民の畏敬の対象となる霊性と、政治権力と経済過程を関連づけて把握することができなかった。

 敗戦後は、さらに混迷を極めた。天皇は現人神でも主権者でも軍の統帥権の総覧者でも国家最高地主でもなくなったが、占領軍の統治計画と、国体を死守するための緊急避難としてそれを受け入れた敗戦時の天皇制権力の、双方の便宜が合致したために、天皇制は「象徴天皇」に形を変えて生き残った。「象徴天皇」は、憲法の三条四条によれば、国政に関与する権能を剥奪され、具体的に定められた国事と、内閣の助言と承認に基づく行為以外には公的活動の一切を禁じられた。それは、天皇を国民の選んだ国会が選ぶ民主主義的な政府のロボットにすることによって、実質的には限りなく共和制に近い統治形態に変容したことを意味したかに見えた。

民主化の装いと欺瞞動

裕仁天皇

 だが、占領下の天皇裕仁は少なくとも二つの点で、国政への権能を発揮した。第一に「沖縄メッセージ」によって米軍の無期限駐留の道を開いた。これが今日の沖縄と本土とアメリカの関係の土台を作った。第二に、講和条約の策定期に、占領統治の意向を忖度し、アメリカのダレス特使と会談して、反共・親米の部分講和を積極的に推進するなど、「内閣の助言と承認」を経ない外交を自身の独自ルートで推進した。これが日米安保体制の礎を築くことに寄与した。「違憲の政治」の一線から身を引いたのは「独立」後だった。

 神道指令によって国家神道も廃絶されたかに見えた。しかし、国家の霊性は温存されたのである。皇室神道と皇室祭祀はほぼ戦前のまま私事として天皇家に生き残った。宮中の大祭では「人間宣言」をした筈の天皇が、神の末裔としての権威に基づいて斎主 をつとめてきた。大嘗祭では皇位継承者に天皇霊を宿らせる神道の秘儀が行われ、これに国費が投入された。民間では憲法二〇条によって神社神道の信教の自由が保障された。靖国神社も、護国神社も廃棄されなかった。公共施設の地鎮祭などが神道で行われても、最高裁は違憲判断をしなかった。戦前の天皇制国家の宗教的権威はなし崩しで延命した。

買弁天皇制

 象徴天皇制は、国家権力が自己を正当化し荘厳化するための道具として機能してきた。本来ならば、敗戦から、「独立」の時期に、戦後日本国家の統治形態における天皇の位置を理論的に明確にすることが左翼に問われていた。だが、その課題は、新旧両左翼の何れによっても果たされなかった。唯一、例外があるとすれば藤田省三の次の分析である。

……元来君主専制ではなくて、官僚専制を中核としていた天皇制は、官僚の温存・増殖あるかぎり、天皇の地位の変化によって革命的変革をこうむることはなく、支配の実質的機構においてはいぜんとして戦前とのつよい連続性を維持している。けれどもひとたび「無関心的心情」に閉じこもり、敗戦後の「原畜的」インフレーションの嵐のなかでもっとも直接的な個人生活の防衛を経験した国民を積極的にインテグレートすることは容易ではなく、国民生活をつらぬく「天皇制」は国民各個の生活領域に分極化され、個人とその生活集団との「平穏な」日常を保証する点に主要な機能を見出している。したがって、アメリカニズムの流行は、それが日常生活の回転を容易にし、また生活の便宜化をもたらすかぎり、平穏生活の一つの手法として歓迎され、街や村における「天皇制」と日常生活におけるアメリカニズムとが相互に補強しながら、社会の深部において結合している。
 この両者の結節点は戦前とことなることなく、無数の小生活者集団の長、つまりいわゆる「中間層第一類型」である。買弁天皇制の足場はここに定着する。
(『天皇制国家の支配原理』1966年 みすず書房)

 買弁とは、宗主国や占領者の利益に奉仕することに自己の利益を見出し、同胞を顧みない資本や社会階層のことを意味する。藤田の認識は卓見であった。

三島由紀夫の警告と無意識の天皇制

 敗戦による延命の過程の根源的な欺瞞を、最も鋭く暴露したのは反米極右の三島由紀夫であった。三島は『英霊の声』で、特攻隊はじめ日本の将兵を、神として死地に赴けと命じながら、国体延命のために「人間」となった裕仁を呪い、自刃に際しては、このままでは自衛隊はアメリカの傭兵になると予言した。だが三島の呪詛は虚空に消えた。天皇の存在がいよいよ希薄化する一九七〇年代、その無意識こそが統治に寄与すると考えた私は、次のように書いた。

 戦後天皇制は「象徴天皇制」を「条文」化する過程において、史上最高度の発展段階にある天皇制として自己を開示する端緒を開いたのである。……天皇制の最高形態とは、決して天皇親政を必要条件とするものではない。……天皇制はたしかに政治的な制度であると同時に、精神的な権威の機軸を持続的に保証するところの内面化された「制度」でもあるが、だからといって、つねに価値の中枢たる天皇が末端にまで顕在化された意識として喚起されていることをもって高度であるといいうるものではない。むしろ、このすぐれて人工的な出自を持つ制度が、あたかも自然であるかのごとく、どれほど内面化されているか、このすぐれて非身体的な作為の所産が、それほどあたかも有機的身体の如くに機能しうるかが問題であろう。
(「天皇制の最高形態とは何か」初出『情況』1973年11~12月合併号)

 だが、沖縄は、この天皇制民主主義の外部にあったし、旧大東亜共栄圏の国々の国民は、戦後日本国家を、武器をマネーに持ち替えた天皇制帝国主義国家とみなした。華青闘告発はその視点を体現していた。アジアの眼差しを引き受けようとしたのが東アジア反日武装戦線の虹作戦だった。その後、戦後政治の総決算を唱えた中曽根による天皇利用や、代替わり期の自粛と戒厳令を経て、一層、あたかも「空虚な中心」であるかのごとき錯覚を喚起する天皇の存在様式が平成になって出現した。

平成天皇制と政権

明仁天皇

 平成の三十年間には、より錯綜した事態にわれわれは遭遇した。国体護持のための緊急避難として、戦後の「民主化」と象徴天皇制を受け入れた天皇裕仁と違って、皇位を継承した天皇明仁は、即位以後今日まで、憲法の掲げる理念に忠実な象徴たらんとする姿勢を貫いてきた。他方、「国民」はかならずしも憲法三原則を重視せず、結党以来改憲を党是とする自民党が常に最大多数党であった。第二次安倍内閣の成立以後、立法府が憲法99条に逆らって、改憲を主導するのが常態となり、天皇が護憲、政府が改憲という異様な対立構図が出来上がった。安倍政権の改憲志向は、国益を追求するものでさえなく、対米隷属の外交姿勢と一体のものである。

 その渦中で、明仁天皇は2016年8月8日、生前退位を可能にする法的措置を国政の権能を有する政府に求める声明を発した。その内容は、過剰なほどに慎重に韜晦されていて真意を特定し難いところがあるが、この文面は、憲法制定から七十余年、憲法の精神に照らして、国政はこれでいいのか、このような国政の下で天皇が存在する意味があるのか、生前退位の要望を奇貨として根本から再審する機会にしてほしいという問いかけと読むべきであろう。但し、それは象徴天皇制の永続のための再審である。

鼎の軽重を問われる左翼

 このメッセージは、特定秘密保護法や戦争法制に反対してきた九条護憲の革新派の多くに共感を呼び、天皇への共感が天皇制を容認する空気が革新勢力にも醸成されるに至っている。まるで、天皇の霊性が絶対天皇制と同一の宗教的根拠を置くことなどお構いなしに、である。

 他方、日本会議派など天皇制を利用して改憲を実現しようとする勢力が、天皇夫妻の護憲平和主義を黙らせろと宮内庁を恫喝する事態に立ち至っている。ネトウヨの天皇夫妻への誹謗は後を絶たない。彼らには、天皇の霊性は道具であって、彼ら自身に天皇への崇敬はない。この霊性を最大限に駆使するために、政府は2019年のメーデーを即位・改元の日と決めた。奉祝の共同性によって労働者の祭典を呑みこもうとするイデオロギー戦略である。権力及び資本制と闘う勢力には、反奉祝統一メーデーで迎え撃つ以外に、この通過儀礼の日を迎える途はないだろう。

       *   *   *   *   *   *

 革新の多数派が天皇に親和の情を抱き、天皇制を護持・強化しようとしている勢力が天皇夫妻を忌避し、嫌悪し攻撃する、この光景は異様というほかはない。天皇制とどう向き合い、政権と天皇の権威との間の関係をどのようにとらえ、現代日本の資本制に依拠した権力の統治をどのように転倒するのか、天皇の霊性の始末をどうつけるのか、また、君主制の転倒の後に来るものは何か。民主主義のアポリアは何か。共和制国家には霊性は宿らないのか、すべからく国民国家にはそれを神聖化する霊性が宿るのだとしたらどうするのか。左翼は今、鼎の軽重を問われている。
次号につづく

   

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