米国映画2018年Gグローブ賞受賞『バイス』 監督・アダム・マッケイ
最も愚劣な戦争が、こんな男によって引き起こされた
『バイス』(原題:Vice=悪漢)は、2018年米国のコメディ風を装った本格的伝記映画だ。第43代米国大統領ジョージ・W・ブッシュの下で副大統領を務め、「アメリカ史上最強で最凶の副大統領」と呼ばれたディック・チェイニーを描く。
主演・「バットマン」シリーズのクリスチャン・ベールが、体重をまったく別人のように増やし演じきった。主演アカデミー賞候補であるとの評もうなずける。
ワイオミング州の田舎の電気工から″事実上の大統領″に上り詰め、軍部から政界まで自在に支配し、米国史上最も権力を持ったこの副大統領=バイスプレジデント。その前代未聞の裏側を描いた社会派タッチの作風ではあるものの、あまりに躊躇なく推定死者40数万ものイラク戦争を引き起こした当事者であり、「イラク=悪の枢軸」との大嘘をつき通してでも己の思いだけで突進したこのあっけらかんとした男の行動力の怖さ…むしろ笑うしかないほどの乾いたシーンの連続だ。
この「史上最強の副大統領」「影の大統領」と目されるほどの力を発揮したチェイニーの影響は今日の国際秩序にも及んでいる。彼の「大嘘」による戦争に、当時一早く賛同したのは英国首相のブレアと日本の首相小泉純一郎だった。戦争終結後、英国で「独立調査委員会」が設立され、ブレア元首相が議会に召喚されて厳しい追及を受け「決断についての責任を全面的に受け入れる」など謝罪の弁はようやく述べた。
しかし小泉は、罪もない一般市民の大量殺戮が行われた「イラク戦争の判断をどう思っているか?」といった英国記者の質問に、自身の「イラク戦争支持」の姿勢について正当性を主張し、謝罪も後悔もないままだ。
さらには、つい先ごろ平成日本に関して「戦争を経験しなかった時代」と涙を交えて振り返った最上級の存在もいたが、彼の眼には中東の貧しくも罪のない多くの一般民が、まさに虫けら以下に殺戮された戦争の事など少しも眼中にないらしい。
平成の時代、直接でないにしても、こんな物騒なVice(悪漢)の引き起こした戦争に日本が付き合ったとの反省は、この映画からも強く持ち続けねばならない。後世への歴史資料としても残る名作である。
※この映画では、主演のチェイニー副大統領役のクリスチャン・ベールを始め、ジョージ・ブッシュ大統領、コリン・パウエル(国防長官、国務長官)、コンドリーザ・ライス(大統領補佐官、国務長官)など実物によく似ていることも話題となっている。
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