軍事を弄ぶ米帝・トランプ、混乱拡大する中東

1、米軍によるソレイマニ司令官殺害で、イラン戦争の瀬戸際に

2018年5月、米国トランプ大統領はイランとの2015年核合意を破棄しイランに対する制裁措置を強化した。以来、イランよる核合意の履行義務停止と米国の経済制裁のエスカレートが続いてきた。この半年、緊張は次第に激化し、その対立は次第に軍事的なものへと発展し加速している。経過をロイター通信などから追ってみる。
・2019年9月14日、サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコの石油施設2カ所が攻撃され、サウジの石油生産能力の半分以上が影響を受けた。イエメンの親イラン武装組織フーシ派が、無人機(ドローン)で攻撃したとの声明を出した。
・10月 31日、米国務省はイランの建設部門と軍事・核プログラムで使用されている4素材の取引を経済制裁対象にした。
・11月18日、サウジ主導の連合軍は、紅海の南で韓国の掘削リグを曳航する船がフーシ派に拿捕(だほ)されたと発表した。
・11月 20日イスラエルは、前日イスラエルにロケット弾が打ち込まれたことの報復としてシリア国内にあるイランの軍事拠点とシリア軍の施設を空爆。
・12月5日、イランは弾道ミサイル開発計画を継続すると明言。
・12月29日、米軍がイラク北部の基地への親イラン勢力の攻撃で米国人が死傷したことへの報復措置として、イラクのイスラム教シーア派武装組織「神の党旅団(カタイブ・ヒズボラ)」の拠点数カ所を空爆した。イラクのアブドルマハディ首相は30日、深刻な結果を招くとして米国の対応を非難した。
・2020年1月3日未明(現地時間)、米国防総省は、イラクの首都バグダッドの空港でイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官らを乗せた車列を空爆し、同司令官ら幹部を殺害した。
・1月5日、イラン政府は2015年に欧米など6カ国と結んだ核合意の逸脱の第5弾の措置として、無制限にウラン濃縮を進めるとの声明を発表した。
・1月6日、米軍マーク・ミリー統合参謀本部議長は米軍がイラク撤退を準備していることをイラク政府に通達する公式書簡が、誤って送付されたことを明らかにした。米軍の対イラン開戦準備における混乱か?
・1月8日未明、イランは米軍が駐留するイラクのアル・アサド空軍基地等に10数発のロケット弾を発射、「米軍はテロ組織、米兵はテロリスト、80人の米兵テロリストを殺害した」と発表。翌日、トランプは米兵の被害を否定した(24日になって34人が脳震盪と訂正)。親イラン勢力からとみられるバグダットでの米関連施設への攻撃が続いた。
・同8日、ウクライナ旅客機がイラン首都テヘランの空港を離陸した直後に墜落し乗員乗客176人全員が死亡した。11日イラン軍は「米軍巡行ミサイルと間違い」旅客機を誤射・撃墜したことを認めた。
・1月10日、米国政府は対イラン追加制裁の内容を公表した。
・1月12日、首都バグダッドの北にあるアメリカ軍の部隊が駐留するバラド空軍基地に8発のロケット弾による攻撃があり、イラクの兵士4人がけがをした。
・1月26日、イラク米大使館にロケット弾攻撃があり、5発のうち3発が命中、複数の負傷者が出た。
「本年最大の政治リスク」といわれる米大統領選を控えて軍事行動を「ディール」の手段として弄ぶトランプと、民衆の反乱を抱えて危機に立つイランの宗教的独裁政権は、それぞれ無謀な言動を繰り返している。
米国・イランの両政権が現時点で開戦を戦略的に回避しようとしているが、双方の支配の危機は深く、偶発的な事態で戦争が始まる瀬戸際だ。戦争で犠牲になるのは民衆に他ならない。ジルベール・アシュカルがいうように、これは「文明の対立」ではなく「野蛮の対立」だ。戦争を止めよ!
2、中東における地域大国、地域権力の衝突と混乱

21世紀最大の戦争たるイラク戦争(2003年~11年)で米帝はイラク・フセイン政権を崩壊に追い込んだ。だが、数十万人といわれるイラク民衆の死者をだしつつ、結局、それはイラクに親イラン政府を生み出す結果となった。そして、イラク政府は2014年6月のISIL「イスラム国」の誕生と2017~19年の「イスラム国」掃討作戦を経て一層イランへの傾斜を深めていった。
中東では、スンニ派系のサウジアラビア・トルコ政権に連なる勢力と、イラン・イラク・シリア(アラウィー派のアサド政権)の「シーア派の三日月地帯」の権力との対立が激化した。たとえばイエメンでは2015年以来、サウジアラビアが支援するハディー大統領派とイランが支援するフーシ派の内戦(「史上最大の人道危機」)が発生している。
さらに、スンニ派系の問題としては、アルカイダや「イスラム国」を生み出したのみならず、エジプトのシーシー大統領と友好的なサウジ・UAE政権などと、ムスリム同胞団に親和的なトルコ・カタール政権の対立が発生、これによりリビアでは、エジプトやサウジが支援する「リビア国民軍」に対抗してシラージュ暫定政権を支援するためにトルコが派兵する事態ともなっている。
2010年12月のアラブの春以降、米帝など帝国主義が中東地域を一元的に支配する力を喪失する中、様々な地域権力の合従連衡が繰り広げられ、中東地域は激動と混乱に突入している。民衆の苦悩はどれほどのものか。
1月5日、ケニア東部ラム郡でソマリアを拠点とするイスラム過激派・アルシャバーブが米軍とケニア軍が合同で運用する基地に攻撃を仕掛け、米兵1人と米軍請負業者の米国人2人の計3人が死亡した。支配能力を失って点在する米軍基地は、武装勢力の格好の標的と化していくであろう。
3、民衆の反乱の中に未来がある

■ 宗派紛争を超えた「生きるための民衆反乱」が拡大
アフリカ・アラブでは、2019年4月ブーテフリカを追放したアルジェリアの蜂起、バシル失脚以後も女性組織が中心になって決起が続くスーダンの抗議行動など、生きるための民衆の反乱が拡大している。
2019年10月半ばから、 レバノンは首都ベイルートその他の都市で反政府デモが広がり、サード・ハリリ首相が辞意を表明する事態となった。この反乱はこれまでの宗派ごとの抗争と違い、生活苦に怒る宗派横断的な民衆の反乱であるという。
■ 翻弄され苦悩するクルド人勢力
一方、ISIL「イスラム国」掃討作戦を展開した「シリア民主軍(SDF)」の主力であったクルド人民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」は米帝の裏切りで苦難の中にある。
2019年 10月7日、シリアに展開する米軍部隊は同国北東部から撤収を開始し、9日トルコはシリア北東部に侵攻し、自国のPKKにつながるテロ組織と見なすYPGを攻撃、空爆を行った後、夜間地上戦を開始した。
エスパー米国防長官は13日、シリア北部に残る駐留米軍およそ1000人を撤収させた。クルド人勢力は、トルコへの反撃を支援するためシリアがトルコ国境沿いに軍を展開することに合意。トルコは同地域で攻撃を拡大、シリアのアサド政権軍は14日、クルド人勢力が実効支配するトルコ国境南部に進出した。
トルコ、シリア、イラク、イランに居住するクルド人たちは大国・地域権力の狭間でそれぞれ未来を切り拓こうと苦悩している。
■ イラクでも反政府デモが拡大
2019年10月1日に始まったイラクのデモは、汚職や失業問題に怒った市民がSNSで呼びかけた。3日夜に起きたカルバラのイラン総領事館襲撃などイランに近い政党支部組織が標的にされた。
さらに、親イランの軍事組織がスナイパーを配置してデモ隊を狙ったとの情報が流れ、市民の怒りが増幅した。一部には「イラン、出て行け!」と叫び、イラン国旗を燃やす人たちもいた。治安部隊は実弾を使って応酬し、犠牲者は250人以上に達した。デモ隊は既得権益を守る政治家らの一掃を要求している。
■ 血の弾圧を超えるイランの反政府デモ
2019年 11月 、燃料価格引き上げに反発して始まったイランの反政府デモは、少なくとも20数都市に拡大して騒乱状態となり、「ハーメネイに死を」のスローガンが登場した。イラン政府はインターネットを切断、スナイパーが屋根や、一例ではヘリからデモ隊に向かって発砲し、1000人を超す犠牲者がでたともいわれている。
2020年1月12日 ウクライナ旅客機の撃墜を認めたイラン指導部に対し、国内ではテヘランなど複数の都市でイラン指導部への抗議デモが発生。デモは首都テヘランからシラーズ、イスファハーン、ハマダーン、オルーミーイェなどに広がった。10人以上が犠牲になったシャリフ工科大学付近では学生らが周辺道路を埋め尽くし、「革命防衛隊はイランから出ていけ」と叫んだ。
中東の民衆は極限的な困難の最中で起ち上がっている。日本でのささやかな闘いが中東の民衆の闘いにつながっていくものであることを願いたい。
愛知連帯ユニオン 佐藤隆 2020年1月