沖縄の「自己決定権」その歴史と現在(3)/伊波洋一
米軍統治下での基地建設と返還への想い 幻の屋良建議書

沖縄の「自己決定権」その歴史と現在/伊波洋一

前号からのつづき

米軍統治下、全島基地化の悪夢 銃剣で住む土地奪われ、追われ
返還への想い 幻の屋良建議書

沖縄の米軍統治と基地建設

 しかし、沖縄県民にとって戦争は終わらなかった。沖縄戦のなかで捕虜となった沖縄住民は沖縄各地に設置された収容所に入れられた。収容所から沖縄住民が出るまでに最長で三年近くかかった。

 沖縄を占領したアメリカは沖縄で恒久的な基地建設を計画していた。基地建設のための適地を確保したうえで残った場所を住民に割り当てたからだ。
 県内各地で帰るべき故郷が基地になっていた。一九五〇年代の新たな土地接収を含めて六〇以上の集落が基地のなかに消えていった。

サンフランシスコ講和条約による沖縄の分割

 ポツダム宣言を受諾して敗戦国となった日本は、連合国に占領されると同時に、明治政府の領土拡張から始まった海外領土のすべてを失った。
 ポツダム宣言は「(8)カイロ宣言の条項は履行さるべきものとし、日本の主権は本州、北海道、九州、四国及びわれわれの決定する周辺小諸島に限定するものとする。」と宣言していたからだ。

このポツダム宣言条項によって、日本の拡張された海外領土にとっては、日本の敗戦は主権回復の日となった。正式には、一九五一年九月八日に締結されたサンフランシスコ講和条約で確定し、五二年四月二八日に発効した。

サンフランシスコ講話条約調印

 その第一条で「(b)連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。」と日本の再独立を承認した。

 一方、第三条は、
「日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。
 このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」として、沖縄および小笠原をアメリカの統治下に置くものだった。

 アメリカは、第三条に記された「信託統治制度の下におく国際連合に対する提案」をせず、軍事占領を継続して沖縄や小笠原を軍政下で統治し続けた。
 奄美諸島は一年後に返還されるが、その背景には米軍占領直後から経済が疲弊しており、本土との分離にともなういっそうの経済悪化から、奄美群島祖国復帰運動が激しさを増していたことがあげられる。

「銃剣とブルドーザー」による基地建設

「銃剣とブルドーザー」による沖縄基地建設

 戦場となった沖縄本島や周辺離島では、沖縄住民が収容所に入れられている間に多くの地域で米軍基地建設が進み住民が戻るべき故郷が失われるなかで、五二年以降、本土の海兵隊を移駐させるために「銃剣とブルドーザー」による新たな強制接収が始まった。

 新たな強制接収と五六年六月のブライス勧告による「軍用地料の一括払い」で土地を安く買い上げる米国の基地政策に反対する「土地を守る四原則貫徹」の運動が五六年六月以降、沖縄中で市村民大会が開かれ、住民の激しい抗議行動が行なわれる島ぐるみの闘争になっていった。
 米軍は、米軍相手に商売を営む地域をオフリミッツ(立ち入り禁止令)にして住民側を経済的窮地に追い込もうしたが、住民の抵抗運動は続き、米国は軍用地料一括払いの方針を撤回した。

 一方、土地強制接収と基地建設は続き、アメリカが狙いとした沖縄基地を (1)制約なき核基地、(2)アジア各地の地域的紛争に対処する米極東戦略の拠点、(3)日本やフィリピンの親米政権が倒れた場合のより所とする目論みは継続した。
 五二年から六〇年までに日本本土の米軍基地は四分の一に減少し、海兵隊が移駐した沖縄では米軍基地は二倍に倍増した。

 米軍基地が建設されていくなかでも、「島ぐるみの闘争」を経験した沖縄住民は一九六〇年四月に「沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)」を結成して本土復帰運動の全県的な取組みを開始した。
 自治権拡大と主席公選を求める運動も取り組まれ一九六八年一一月、公選主席に屋良朝苗氏が当選する。

 さらに、ベトナム戦争の激化にともない、米軍基地を抱える沖縄で反基地運動が取り組まれるようになり、日米政府は沖縄の施政権返還を協議し、一九六九年一一月の日米首脳会談で沖縄返還が合意された。そして、一九七二年五月一五日に沖縄の施政権返還が実現した。

沖縄返還と沖縄県民の声

 七二年五月一五日の沖縄返還を象徴するものに琉球政府の「復帰措置に関する建議書」がある。沖縄県の声を日本政府と返還協定批准国会に届けるために作成された建議書である。公選主席の屋良朝苗氏が一九七一年一一月一七日、この建議書を持って上京する。

 しかし、同日、屋良主席が羽田に着く頃に沖縄返還協定は衆院返還協定特別委で自民党により強行採決され可決される。一一月二四日衆院本会議で可決、一二月二二日には参議院本会議でも可決された。復帰関連法案は三〇日に自民党の単独採決で可決・成立した。

 結局、沖縄の声は聞かれることなく幻の屋良・建議書と言われている。「復帰措置に関する建議書」には、今日まで続く沖縄県民の思いが綴られている。
 以下に抜粋して紹介する。

「復帰措置に関する建議書」(「はじめに」より抜粋)

 ……アメリカは沖縄に極東の自由諸国の防衛という美名の下に、排他的かつ恣意的に膨大な基地を建設してきました。基地の中に沖縄があるという表現が実感であります。百万県民は小さい島で、基地や核兵器や毒ガス兵器に囲まれて生活してきました。それのみでなく、異民族による軍事優先政策の下で、政治的諸権利がいちじるしく制限され、基本的人権すら侵害されてきたことは枚挙にいとまありません。県民が復帰を願った心情には、結局は国の平和憲法の下で基本的人権の保障を願望していたからに外なりません。
(中略)
 復帰に当っては、やはり従来通りの基地の島としてではなく、基地のない平和の島としての復帰を強く望んでおります。
 また、アメリカが施政権を行使したことによってつくり出した基地は、それを生み出した施政権が返還されるときには、完全でないまでもある程度の整理なり縮小なりの処理をして返すべきではないかと思います。
 そのような観点から復帰を考えたとき、このたびの返還協定は基地を固定化するものであり、県民の意志が十分に取り入れられていないとして、大半の県民は協定に不満を表明しております。まず基地の機能についてみるに、段階的に解消を求める声と全面撤去を主張する声は基地反対の世論と見てよく、これら二つを合わせるとおそらく八〇%以上の高率となります。
(中略)
 次に、核抜き本土並み返還についてであります。この問題にいては度重なる国会の場で非常に頻繁に論議されておりますが、それにもかかわらず、県民の大半が、これを素直には納得せず、疑惑と不安をもっております。
(中略)
 復帰後も現在の想定では沖縄における米軍基地密度は本土の基地密度の一五〇倍以上になります。なるほど、日米安保条約とそれに伴う地位協定が沖縄にも適用されるとは言え、より重要なことは、そうした形式の問題より、実質的な基地の内容であります。そうすると基地の整理縮小かあるいはその今後の態様の展望がはっきり示されない限りは本土並基地と言っても説得力をもち得るものではありません。前述の通り県民の絶対多数は基地に反対していることによってもそのことは明らかであります。
 次に安保と沖縄基地についての世論では安保が沖縄の安全にとって役立つと言うより、危険だとする評価が圧倒的に高いのであります。
(中略)
 県民はもともと基地に反対しております。
(中略)
 沖縄県民は過去の苦難に充ちた歴史と貴重な体験から復帰にあたっては、まず何よりも県民の福祉を最優先に考える基本原則に立って、(1)地方自治権の確立、(2)反戦平和の理念をつらぬく、(3)基本的人権の確立、(4)県民本位の経済開発等を骨組とする新生沖縄の像を描いております。このようなことが結局は健全な国家をつくり出す原動力になると県民は固く信じているからであります。
(中略)
……政府ならびに国会はこの沖縄県民の最終的な建議に謙虚に耳を傾けて、(中略)真に沖縄県民の心に思いをいたし、県民はじめ大方の国民が納得してもらえる結論を導き出して復帰を実現させてもらうよう、ここに強く要請いたします。

昭和四六年一一月一八日
琉球政府 行政主席 屋良朝苗

 「復帰措置に関する建議書」は、「核抜き本土並み」と政府が説明する沖縄返還を「本土の基地密度の一五〇倍以上」とし「返還協定は基地を固定化するもの」と批判した。「復帰に当っては、基地のない平和な島としての復帰を強く望んでおります」と基地全面撤去を求めるものだった。

 しかし、事実上、一部の返還された基地を除いて多くの米軍基地が米軍統治下同様のまま継続されて、沖縄の米軍基地は日米安保上の提供施設とされた。その結果、実弾演習で住民地区に弾丸が飛び込む状況が継続され、人口密集地にあり日米の航空法にも違反する普天間飛行場では激しい飛行訓練が継続されてきた。

 日米安保の提供施設とされた沖縄返還後の沖縄の米軍基地は日本政府の予算で施設整備されて基地強化が進むことになった。次号に続く


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【同時通訳付き Web開催】 SJFアドボカシーカフェ第67回 “他者への想像力”を ~日韓の歴史認識をめぐる問題にジャーナリストと共に目を向けて~  組織ジャーナリズム・メディアの報道に接する日々において、政権に対する「忖度」やフェイクニュースの横行など目を覆うばかりの状況に不信感や危機感が高まっています。  長年メディアの中で活動をしてきたベテラン(?)のおじさん・おばさんたちも危機感を共有してきました。そこから、ジャーナリストを目指す若い人たちに「権力を監視し、市民の側に立つ」という姿勢を育んでもらおうと、「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」の活動が3年前から始まりました。  なぜ「日韓」なのか。日韓の間には、従軍慰安婦や徴用工の人たちのこと、強制労働など、今も「歴史認識」をめぐる問題が横たわっています。その解決のためには、まずお互いが相手を学び、理解していくことが必要です。その行為は、ジャーナリストにとって大切な“他者への想像力”に思いを寄せることにもつながります。  ジャーナリストが日々伝える「今」の一つひとつは、「過去」つまり歴史を背負っています。そこに目を向けられるようなジャーナリストが日本で、韓国でニュースを発信していければ、今のメディアは少しずつ変わっていけるのではないか。そんな日韓学生フォーラムの試みをもとに、日韓の皆さんと歴史認識を共有する道を探っていければと思います。 ゲスト 〇植村隆さん:  1958年、高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒、82年、朝日新聞社入社。大阪社会部記者などを経て、テヘラン、ソウル特派員。北海道報道部次長や外報部次長などを経て、北京特派員、函館支局長など。2014年、早期退職。17年秋に「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」をジャーナリスト仲間たちと立ち上げる。また現在まで、16年より韓国カトリック大学客員教授、18年より週刊金曜日発行人兼社長、19年6月から「金曜ジャーナリズム塾」塾長も務める。 〇西嶋真司さん:  1957年生まれ、早稲田大学卒。81年に「RKB毎日放送」入社。記者として報道部に配属され、91~94年にJNNソウル特派員。2000年に制作部に異動し、ドキュメンタリー番組を制作。18年に退社し、映像制作会社「ドキュメント・アジア」を設立。ドキュメンタリー映画の代表作に『抗い 記録作家 林えいだい』。現在は元朝日新聞の植村隆記者のバッシング問題をテーマにした映画『標的』を制作中。 〇「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」に参加し、現在メディアで働く記者や学生も出演します。 詳細 ●日時: 2020年10月31日(土)  13:30~16:00 ※受付時間13:00~13:25 ●会場: オンライン開催 ★オンライン会議システム・Zoom(言語通訳機能付き)を使用します。スマホやPC等の端末から参加いただけます。参加方法の詳細は、お申込みくださった方に10月26日までにメールいたします。 ★グループ対話セッション(逐語通訳付き)や、ゲストとの対話も行う予定です。聞くだけの参加も可能ですが、この対話の場を一緒につくれるよう、お声を出していただけましたら幸いです。参加者さまのお顔は写らないよう初めはこちらで設定いたしますが、グループ対話中は、自主的にお顔を写していただけます。 ●参加費: 無料  ※通信料は参加者さまのご負担となります。 ●お申込みフォーム: https://socialjustice.jp/20201031.html ★先着50名様。完全事前登録制(上記フォームからのみの受け付けとなります)。 ★締め切りは【10月25日】、または【定員に達した時点】の早い方とさせてください。 ●イベントホームページ: http://socialjustice.jp/p/20201031/ ★同時通訳(日本語・韓国語)をいたします。 ★韓国語でのご案内ページ http://socialjustice.jp/p/ko20201031/ もございます。オンライン開催のため韓国など海外からの参加も容易です。もしお知り合いで韓国語でのご案内の方がよろしい方がいらっしゃいましたら、こちらのリンクを広めていただけましたら幸甚です。 ― 助成: オープン・ソサエティ財団/JANICグローバル共生ファンド ― ■主催・お問い合わせ先: 認定NPO法人まちぽっと ソーシャル・ジャスティス基金(SJF) メール: info@socialjustice.jp
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