
日本の歴史人口学の開祖、速水融(はやみ・あきら)があらわした、パンデミック研究における圧倒的金字塔ととして、むしろ海外での評価が高い、わが国の誇るべき名著である。絶版となっているが、現在のコロナ禍でこそ読まれるべき、最好適の書として復刊が望まれている。
著者の速水融は、『大正デモグラフィ』を著したとき、スペイン・インフルエンザ(いわゆるスペイン風邪)が1918-19で世界人口20億(現在は78億)の時代に、2千万〜4千5百万の死者を出した最悪のパンデミックにもかかわらず、日本語での研究書が皆無と知り執筆を決意したとされる。
スペイン風邪は、本来は米国風邪とでもいわれるべきであったが、第1次大戦下にあった英独仏米からの情報が薄く、もっぱら中立国スペイン発のニュースで世界に打電されたことからスペイン風邪と呼ばれたもので、スペインにとって不本意な造語であった。(この辺は、日本の青山・桜井ら軍国右翼が憎悪をこめ、今のコロナ疾病を「武漢熱」だと騒ぎ立てるのとは経緯が違う)
インフルエンザの最初の兆候は1918年春、米国カンザス州の兵営だった。アジアもほぼ同時期に発生し、日本では夏場所の力士たちが感染し「角力風邪」との名前もついた。
欧州では塹壕戦を展開中の独仏両国に広まり、とりわけ独の指揮官ルーデンドルフはマルヌの戦いの敗戦は新規参戦の米軍ではなく、インフルエンザが原因だと回想している。
著者はこの18年―19年に渡る流行を「前流行」と「後流行」に分け、日本における感染実態の分析に入り、感染疫学での合理的推論の先駆を我々に提示する。
いま、コロナ疾病をめぐる為政者のドタバタや、レイシストたちのパンデミックを利用した非合理な右翼言説を見るにつけ、来るべき第2波襲来の前に関係者全てがこの著を熟読せねばならない。