沖縄の「自己決定権」その歴史と現在(2)/伊波洋一
政府の沖縄分割案への抵抗から沖縄戦・敗戦まで

沖縄の「自己決定権」その歴史と現在/伊波洋一

前号からのつづき

命を賭して「琉球分割案」に抵抗した先人たち
苛酷な処分に国際世論も注視、列強支配下の小国からも共感

沖縄県の設置と琉球の抵抗

鍋島直彬・初代沖縄県令、最後の鹿島藩主、
鍋島直彬・初代沖縄県令、最後の鹿島藩主

 その後、政府は四月四日、琉球藩を廃し沖縄県を置くことを全国に布告し、五日に鍋島直彬(なおよし・肥前鹿島藩主)を沖縄県令に任命した。しかし、旧役人を中心に琉球の抵抗は続いた。

 東京への転居を延期し続ける尚泰王(しょうたいおう)に対しては、後継ぎの尚典(しょうてん)を請願のために上京させて抑留したうえで、上京を求め続けた。ついに五月二七日、尚泰王は那覇港から東京に出発した。

 尚泰王の上京後も清国への亡命など琉球の側の抵抗は続き、業を煮やした政府は警察力による大弾圧に乗り出す。明治政府は後を絶たない琉球から清国への亡命密航者を取り締まるために、軍艦を上海やアモイに派遣した。

 七五年に大久保利通内務卿が求めた熊本鎮台分営設置に対し、琉球使節は
「琉球は兵を備えず、礼儀と話し合いで外国船に対応し、平和を維持してきた。兵営を設置すれば、外国から武力で強要される恐れがあるだけでなく、琉球の人心も不安に陥り、清の信義も失う」
と拒んだように、武器を持たない琉球の最大の手段は「国際的信義」であった。

グラントの「琉球分割案」

幸地朝常
幸地朝常

 七六年に清国に向かった幸地親方朝常(こうち・ちょうじょう、親方は位階)ら一九名の密使の清国での働きかけと、東京での池城安規(いけぐすく・あんき)ら琉球使節の七五年からの働きかけによって明治政府による〝琉球処分〟は国際的にも知られるところとなり、欧米列強メディアでも論じられるようになった。

 朝鮮やハワイ、ベトナムなどの小国の指導者たちは、こうした琉球の抵抗に共感を寄せた。

 そんななかで、琉球と琉米修好条約を結んでいたアメリカのグラント前大統領が七九年六月に清国の天津を訪問した。清の李鴻章(リー ホンチャン・りこうしょう)北洋大臣は琉球問題の仲介をグラントに頼んだ。

グラント米大統領
グラント大統領

 同月に日本を訪れたグラントは伊藤博文内務卿や明治天皇と会談した。そのなかでグラントは、琉球諸島を分割して清国に与えれば、明治政府が清国に求めていた日清修好条約改定問題での欧米列強並みの「最恵国待遇」を認めさせることができることを示唆する。

 一八八〇年四月一七日、政府は「最恵国待遇」条項を加えて欧米諸国並みの中国内地通商権を得る代わりに、宮古・八重山などの先島を中国に割譲する案を閣議決定した。

 これに対して清国は、沖縄本島を中心とする琉球国を復活させ、先島諸島を中国領土、奄美五島は日本領土とするような三分割案を持ち出した。明治政府はこれを拒否した。

 その後の交渉で清国と明治政府は一〇月二一日に条約改定と分割案に合意し一〇日後の三一日に調印するはずだった。しかし、清国側は調印を延期し続けていく。

琉球分割への亡命琉球人の決死の抵抗

李鴻章
李鴻章

 背景に亡命琉球人による懸命な救国請願運動があった。
 清国は先島で琉球王国を再建しようと尚泰や息子の尚典の引き渡しを明治政府に要求するが断られたために、李鴻章は幸地親方朝常に国王即位の意思があるかを確認した。

 幸地が琉球二分案自体に反対したので、李鴻章は条約調印の延期を申し入れた。亡命琉球人たちは「琉球分割は琉球滅亡と同じだから断固反対」と訴えて清国当局への請願を繰り返した。

 幸地親方朝常とともに密使として来ていた林世功(りん・せいこう)は一一月二〇日、「調印以前に決死の請願を試みて回天を期す」として午前八時に自決して三八歳の人生を捧げた。清国当局は〝抗議の自決〟に大きな衝撃をうけて条約調印はいったん回避される。

 明治政府は、その後も尚泰王や尚典を引き渡す方針を示すなどして清国に調印を求め続けた。

 一方、駐日清公使の何如璋(He Ruzhang・かじょしょう)、は東京在住の琉球人の意向を打診、在京琉球人と現地琉球人が「反対」でまとまり、尚泰も反対を表明した。
 請われて沖縄県庁顧問官に就任した最後の三司官でもあった富川親方盛奎(せいけい)は顧問官を辞して密かに八二年に清国へ亡命して以後八年間救国運動に身を投じて客死した。

 今日、沖縄本島から宮古島、八重山諸島、与那国島まで、かつての琉球王国の地域が一体として存続しているのは、明治政府の〝琉球処分〟に抵抗し、清国での権益拡大のために琉球を切り売りしようとした明治政府の企てに身命を賭して抵抗した琉球の先人たちの賜物であることがわかる。

日本の領土拡張政策と太平洋戦争

日本帝国の最大勢力範囲

日本帝国主義の最大勢力圏(1945)

 〝琉球処分〟から始まった明治政府の領土拡張は、日清戦争で台湾と遼東半島、日露戦争で朝鮮の保護権、遼東半島南部の租借権、南満州の鉄道利権、樺太、第一次世界大戦でドイツから中国山東省の権益と南洋諸島の委任統治権を得た。そして、三一年満州事変、三二年満州国建国、三七年日中戦争へと続く。

 四一年真珠湾を攻撃して太平洋戦争を開始、アメリカを第二次世界大戦に参戦させた。参戦した大国アメリカは国を挙げて軍事生産を強化してヨーロッパと太平洋の両方で戦争を遂行していった。太平洋では次々に南洋の島々を奪還していき、四四年一〇月二〇日連合国司令官マッカーサーはフィリピンに上陸した。

沖縄戦そして敗戦へ

沖縄戦

 第二次世界大戦の最後で最大の地上戦が沖縄戦だった。米軍に備えて日本軍は首里城の地下に司令部壕を構えて沖縄各地に陣地と飛行場を造りながら沖縄全土を戦場にして米軍を迎え撃つ作戦を立てた。

 日本軍が沖縄人の防衛隊員を含めて約一一万人であったのに対し、米軍を中心とする連合国軍は、延べ五四万八〇〇〇人の兵員を艦船一五〇〇隻、輸送船四五〇隻余で沖縄に投入したので勝敗は決したも同然だった。沖縄に至るまでに南洋の島々では「玉砕」の惨敗か続いていた。

 米軍は四五年三月二六日に慶良間諸島へ上陸、四月一日に沖縄本島に上陸して、六月二三日の摩文仁での戦闘終了までの三ヵ月間、沖縄全土を焦土にして住民を巻き込んだ激戦が繰り返された。

沖縄戦集団自決跡地の碑

 沖縄県出身者は一般住民九万四〇〇〇人と防衛隊や軍人二万八〇〇〇人の一二万二〇〇〇人が戦死した。他に他都府県出身日本兵が六万五〇〇〇人、米兵一万二五〇〇人が戦死した。国体護持のために住民の玉砕を当然とした日本の戦争遂行の結果であった。

 それでも戦争は終わらなかった。

 全国各都市への米軍の空襲が続き、八月六日、広島に原爆が落とされても終わらなかった。

 最終的には、八月九日、ソ連が参戦したことで鈴木貫太郎首相らが参加する御前会議が開かれ、同日長崎に原爆が落とされるなか、ポツダム宣言受諾による無条件降伏が決まり、八月一五日、戦争が終わった。
次号に続く)  

ーーー

琉球処分後の沖縄略年表

  • 1879年(明治12年) 明治政府が廃藩置県により、琉球藩を廃止。尚泰王を東京に連行後に沖縄県を設置した。琉球王国滅亡
  • 1880年(明治13年)林世功が抗議(嘆願)自決。琉球分割回避へ
  • 1881年(明治14年)鹿島藩主だった上杉茂憲が初代沖縄県令に着任。「旧慣温存」政策とるも、現地役人らの抵抗で行き詰まり2年で辞職
  • 1893年(明治26年)「琉球新報」創刊
  • 1894年(明治27年)日清戦争開戦( – 1895年)。
  • 1896年(明治29年)日本電信電話公社が鹿児島 – 奄美 – 沖縄本島間に電信用の海底ケーブルを敷設。
  • 1903年(明治36年)人類館事件(大阪万博にてアイヌ・沖縄・台湾・中国人などを「七種の土人」として民族衣装を着せた人形を展示)
  • 1904年(明治37年)日露戦争開戦(‐1905)
  • 1914年(大正3年) 首里-那覇間に電車開通
  • 1921年(大正10年) 皇太子裕仁、訪欧の途中首里め那覇に立ち寄り最初で最後の訪沖となる。
  • 1944年(昭和19年) 対馬丸事件(政府命令による学童疎開輸送中にアメリカ海軍の攻撃を受け沈没。犠牲者数1484名)
  • 1945年(昭和20年) 沖縄戦。首里城焼失。全島が連合軍(米軍)の占領下に置かれる。9月20日収容所内で行われた市会議員選挙では初めての女性参政権が認められた。

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13:30 “他者への想像力”を~日韓の歴史認... @ オンライン
“他者への想像力”を~日韓の歴史認... @ オンライン
10月 31 @ 13:30 – 16:00
“他者への想像力”を~日韓の歴史認識をめぐる問題にジャーナリストと共に目を向けて @ オンライン
【同時通訳付き Web開催】 SJFアドボカシーカフェ第67回 “他者への想像力”を ~日韓の歴史認識をめぐる問題にジャーナリストと共に目を向けて~  組織ジャーナリズム・メディアの報道に接する日々において、政権に対する「忖度」やフェイクニュースの横行など目を覆うばかりの状況に不信感や危機感が高まっています。  長年メディアの中で活動をしてきたベテラン(?)のおじさん・おばさんたちも危機感を共有してきました。そこから、ジャーナリストを目指す若い人たちに「権力を監視し、市民の側に立つ」という姿勢を育んでもらおうと、「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」の活動が3年前から始まりました。  なぜ「日韓」なのか。日韓の間には、従軍慰安婦や徴用工の人たちのこと、強制労働など、今も「歴史認識」をめぐる問題が横たわっています。その解決のためには、まずお互いが相手を学び、理解していくことが必要です。その行為は、ジャーナリストにとって大切な“他者への想像力”に思いを寄せることにもつながります。  ジャーナリストが日々伝える「今」の一つひとつは、「過去」つまり歴史を背負っています。そこに目を向けられるようなジャーナリストが日本で、韓国でニュースを発信していければ、今のメディアは少しずつ変わっていけるのではないか。そんな日韓学生フォーラムの試みをもとに、日韓の皆さんと歴史認識を共有する道を探っていければと思います。 ゲスト 〇植村隆さん:  1958年、高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒、82年、朝日新聞社入社。大阪社会部記者などを経て、テヘラン、ソウル特派員。北海道報道部次長や外報部次長などを経て、北京特派員、函館支局長など。2014年、早期退職。17年秋に「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」をジャーナリスト仲間たちと立ち上げる。また現在まで、16年より韓国カトリック大学客員教授、18年より週刊金曜日発行人兼社長、19年6月から「金曜ジャーナリズム塾」塾長も務める。 〇西嶋真司さん:  1957年生まれ、早稲田大学卒。81年に「RKB毎日放送」入社。記者として報道部に配属され、91~94年にJNNソウル特派員。2000年に制作部に異動し、ドキュメンタリー番組を制作。18年に退社し、映像制作会社「ドキュメント・アジア」を設立。ドキュメンタリー映画の代表作に『抗い 記録作家 林えいだい』。現在は元朝日新聞の植村隆記者のバッシング問題をテーマにした映画『標的』を制作中。 〇「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」に参加し、現在メディアで働く記者や学生も出演します。 詳細 ●日時: 2020年10月31日(土)  13:30~16:00 ※受付時間13:00~13:25 ●会場: オンライン開催 ★オンライン会議システム・Zoom(言語通訳機能付き)を使用します。スマホやPC等の端末から参加いただけます。参加方法の詳細は、お申込みくださった方に10月26日までにメールいたします。 ★グループ対話セッション(逐語通訳付き)や、ゲストとの対話も行う予定です。聞くだけの参加も可能ですが、この対話の場を一緒につくれるよう、お声を出していただけましたら幸いです。参加者さまのお顔は写らないよう初めはこちらで設定いたしますが、グループ対話中は、自主的にお顔を写していただけます。 ●参加費: 無料  ※通信料は参加者さまのご負担となります。 ●お申込みフォーム: https://socialjustice.jp/20201031.html ★先着50名様。完全事前登録制(上記フォームからのみの受け付けとなります)。 ★締め切りは【10月25日】、または【定員に達した時点】の早い方とさせてください。 ●イベントホームページ: http://socialjustice.jp/p/20201031/ ★同時通訳(日本語・韓国語)をいたします。 ★韓国語でのご案内ページ http://socialjustice.jp/p/ko20201031/ もございます。オンライン開催のため韓国など海外からの参加も容易です。もしお知り合いで韓国語でのご案内の方がよろしい方がいらっしゃいましたら、こちらのリンクを広めていただけましたら幸甚です。 ― 助成: オープン・ソサエティ財団/JANICグローバル共生ファンド ― ■主催・お問い合わせ先: 認定NPO法人まちぽっと ソーシャル・ジャスティス基金(SJF) メール: info@socialjustice.jp
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