匿名性に埋没する大衆を定義
現代の「野蛮人」への警世の書

ホセ・オルテガ・イ・ガセット(1883‐1955)
スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセット、1930年の名著。
先駆的大衆社会論として知られ、ファシズム・ポピュリズムの出現を預言した書として語られる。
諸権利を主張することに急で、自らに向けて内省的に要求するところの少ない、いたって無責任そのものの〈大衆人hombre‐masa〉の出現と,それがもたらす危険についての警告は、以後いたるところで現実のものとなった。
「凡庸であることこそが、彼ら大衆の特質だ。彼らは凡庸であることの権利を主張すらする」
「みずからを、特別な理由によって―よいとも悪いとも―評価しようとせず、自分が《みんなと同じ》だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じてかえっていい気持ちになる、そのような人々全部」とオルテガは総括する。
これは、ニーチェが「畜群」と軽蔑を込めて呼んでいたものに相当する定義だ。
他人と同じであることを求め、またそのことに安住する。
それでいながらそのことを「自分らしい」と正当化する。
産業社会が到来し資本・企業の集積の進展で多くの市民が似通った「賃金労働者」になった時代。
新聞・雑誌、TVさらにネットと、人びとが同じ情報を(ほとんど瞬時に)メディアから得て、共有する時代でこそ大衆社会は、大いなる危険の局面に遭遇する。
コロナ報道一色の今にこそ、思索し読むに足る一書だ。
「大衆の反逆」新訳、死後に書籍化 南相馬在住の思想家
(朝日新聞2020年6月2日)
20世紀の大衆社会を鋭く洞察した、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの名著『大衆の反逆』(1930年)の新訳が4月、岩波文庫から刊行された。すでに3刷が決まり、1万部を超えた。「古典的な文庫としては異例の売れ行き」という。訳したのは、東京電力福島第一原発事故の被災地で暮らしていたスペイン思想研究家の佐々木孝さん。十数年かけて、2018年末に急逝する直前に完成した。
…中略…佐々木さんは上智大でスペイン語と哲学を学び、オルテガやウナムーノの研究をしながら、清泉女子大教授などとして30年余り教壇に立った。その後、故郷の福島県南相馬市に戻った。
11年の東日本大震災では、福島第一原発から25キロの自宅から認知症の妻を連れて避難できないと判断。「モノディアロゴス(独対話)」と題したブログで発信を続け、国内外の取材者や芸術家を迎え入れた。…中略…ブログをまとめた著書『原発禍を生きる』(論創社)は中国語、韓国語、スペイン語にも翻訳された。
『大衆の反逆』の翻訳を本格的に始めたのは06年、翌年にいったん訳し終えたが、震災による中断をはさんで手直しを続けた。18年12月、肺がん治療のため入院する直前、完成した翻訳の原稿を家族に託した。5日後、79歳で亡くなった。…後略…