軍国主義教育が「思考停止」人間をつくった(上) by 尾形憲(法政大学名誉教授)

軍国主義教育が「思考停止」人間をつくった
尾形憲(法政大学名誉教授)

戦艦ミズーリ号上で日本降伏により戦争は終結した

戦艦ミズーリ号上での日本降伏により戦争は終結した

 今年も間もなく8月15日がやってくる。この日は普通、終戦記念日または敗戦記念日とされているが、その実は昭和天皇が米英ソ中4カ国の共同声明の受け入れを国民に知らせた日というだけである。このあと9月2日に東京湾上の米戦艦ミズーリ号で日本側の代表として当時の外相重光葵が講和条約に調印した。この日が国際的に認められている第二次大戦終結の日である。

 いずれにせよ、69年前の8月15日、私は北朝鮮の威興(ハムフン)で放送を聞いた。それは文字通り青天の霹靂だった。その時点まで、私は〝敗ける〟など夢にも思わなかったのである。いや、勝つか敗けるか考えることはおよそなかったというのが正確かも知れない。

 これはあながち私一人に限られたものではないようだ。だいぶ前のことだが、『橋のない川』の著者住井すゑさんに日本戦没学生記念会の機関誌『わだつみのこえ』の依頼でインタビューしたことがある。そのとき、8・15の放送を彼女は天皇が敗戦を告げるものと予想していたのに、農民活動家だった夫は、一億心を一にして頑張れという天皇の励ましと思っていたという。「だから男って駄目なのよ」という住井さんの言葉に、同行した大島孝一さんと頭を抱えて這々の体で退去した覚えがある。私を含めたおおかたの日本人が〝玉音放送〟をそのように考えていたことは間違いがない。

 それは何といっても教育の力が大きかったことは異論がないだろう。
 「大日本大日本 神のみすえの天皇陛下 我等国民九千万を 我が子のやうにおぼしめされる」小学校3年の国語の本の冒頭である。そして「神代このかた一度も敵に 負けることなく月日とともに 国の光が輝きわたる」
 そして私の場合は陸軍士官学校での軍国主義教育がこれに加わる。

 敗戦の前年の10月、私は水戸の陸軍航空通信学校を卒業、まさに天下分け目の関ヶ原のフィリピン、マニラにある第4航空軍司令部へ赴任を命ぜられた。
 外国への赴任者は学校で飛行機を手配してくれるが、それがひどくモタモタしている。その間休暇にして最後の孝養を尽くせとでもいうのならともかく、「引き続き学校で教育を命ず」とある。卒業したら学校の指図なんか受けるもんか(これが実は間違いで、新任地到着までは前任地の部隊長の指揮下)と、卒業式当日学校を飛び出して「飛行機探し」である。宇都宮からマニラへという便を見つけ、当日飛行場へ行ったら、飛行場長が飛んできて「尾形中尉というのは貴方ですか。ここからは乗せられません。学校中で貴方を探しています」という。

 このときは珍しく休暇が出た。そこへ呉から南方へ軍艦が出ることになり、その方向への赴任者は水戸の駅から呉へ直行ということになった。ところが帰って来ないのが1人いる。それが私だ。調べてみたら、卒業式直後飛び出して行ったという。激怒した校長は「学校中の飛行機を挙げても探せ!」ということになったらしい。
 やむなく東京の知人のところへ戻ったら、ここにも連日電話があり、この朝私が郷里を出たという情報があって、学校の将校が上野の駅で張っているという。早速上野へ。海外渡航の夢破れた吉田松陰の心境かくもやあらんと、水戸に連れ戻されたのがその夜半である。もう少し遅れると、校内の処分では済まず、軍法会議という際どいところだった。
 一日も早く戦地へ行きたいという青年将校の意気はわかるが、多分に叛逆的なところがある(ごもっとも)と、「重謹慎5日、但し科罰のまま出発せしむ」ということになった。

 九州の新田原で飛行機を待ったが、これがなかなか来ない。結局11月の末やっと、同じ司令部勤務となった他の2人より遅れに遅れてマニラに到着した。1人は司令官の副官補佐、もう1人は参謀部の通信勤務となっており、私は参謀部の情報担当として、毎日艦船情報を聞きに来る特攻の同期生等を迎える日となった。

 後の話になるが、年が明けて,壊滅した航空軍の司令部がマニラから台湾に移ったとき、この2人は米機の餌食になった。もし私が血気に逸って勝手に飛行機探しをせず、呉からの軍艦で2人と同行して、2人のうちのどちらかの仕事に就いていたら、私がお陀仏になっていたところだ。
 このころのフィリピンは「決戦場」とされながら、もはや敗色歴然、緒戦でフィリピンを追い出されたマッカーサーは〝I shall return.〟の約束を果たしていた。文字通りの〝死地〟へ1日も早くという当時の私の心境は、誰が考えても不思議どころか、ご本人が今考えてもわからない。
次号に続く

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