不屈の沖縄・竹富町教委に学ぶ/尾形憲(法政大学名誉教授)

前号を承けて
パスカル冥想録 フランスの哲学者パスカルはその著『瞑想録』で、「人間は一茎の葦に過ぎない。自然のうちで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。」と言っている。考えることをしない、与えられたものをそのまま受け入れるしかしない私たちは「人間失格」だったわけだ。そういう意味で言うなら、戦後の教育も基本的には全く同じではないか。
 ずいぶん前になるが、東名高速の日本坂トンネルで200台近い車が燃えたことがあった。トンネル内で事故があり、入り口に「火災発生中」という掲示が出ていたのに、次々入って行って大惨事になった。事故のあとインタビューを受けたドライバーたちは一様に「前の車が入っていったから入った。」まさしく思考停止である。

 与えられたものを何の疑いもなく鵜呑みにし、試験でこれを答案用紙上に吐き出す。何のことはない。ヴァキアム・カーと同じことだ。
 学校では試験の点数で単純に成績を決めるが、英語、数学、理科など、それぞれができる能力は皆ちがう。それなのにその試験の点数を合計するというのは、メートルとグラムとリットルを足すようなものである。
 分数の割り算はひっくりかえして掛けなさい、マイナスのマイナスはプラスと覚えなさいと教えても、なぜそうなるのかは教えてくれない。教師は権力者、生徒はその命令に服従する者というタテの関係になってしまう。これで勉強が面白くなるはずがない。

 あの偉大なニュートンは「私は大した仕事をしたわけではない、広大無辺な海辺に立って、たまたま見つけたすべすべした小石やきれいな貝に喜んでいる子どものような存在だ」と言っている。
 広い真理の大海の前にあっては、教師と言い、児童や生徒と言っても、それは単に人生体験や知識の量の相違はあっても、質の違いはないはずだ。「マイナスのマイナスがなぜプラスになるか」を教えるのは、単なる技術的問題ではなく、深い学問観、人間を「考える葦」とする人間観に根ざすものにほかならない。

taketomikoumin 特定秘密保護法の設定、武器輸出3原則の見直し、集団的自衛権容認と暴走する安倍首相の教育についての方針は「教育委員長と教育長を一本化して新『教育長』を創設し、その任命権を地方自治体の首長に与える」とする。内容についても政権の教育支配である。これに対し前代未聞の快挙を成し遂げたのが、沖縄の竹富町教育委員会であった。

 竹富町は石垣市、与那国町と教科書採択のための八重山地区協議会を形成し、中学校の公民の教科書については、育鵬社版と決められていた。だが、竹富町教委は尖閣列島問題など政府色の強いこの本でなく、沖縄戦のことなど記述した東京書籍版を採択した。地方行政教育法で「教科書採択の責任は教育委員会にある」となっているのである。これに対し、文科省は教科書無償措置法に違反するものとして、教科書無償の対象とせず、2012年から町教委は寄付金などで費用を賄ってきた。文科省は県教委に昨年10月、竹富町に是正要求をするよう指示し、さらに今年の3月には直接町教委に是正要求をしてきた。国が町の教委にこのような措置をしたというのは前例のないことである。

 しかし、今年の4月に教科書無償措置法は改正され、教科書の採択地区は「市郡」から「市町村」となった。このあと竹富町教委は県教委に八重山採択地区からの離脱を要求し、県教委はこれを認めた。このため竹富町教委が来年度も東京書籍版を採択すれば、国の無償給付が3年ぶりに復活することになった。そして文科省も竹富町を違法として提訴する予定だったのを断念した。
 もともと政府自身、「将来的には学校単位での教科書選択の可能性も視野に入れて採択地区の小規模化を検討する」という閣議決定を1997年以後何度も繰り返してきた。この問題が起きた当時の文科相である中川正春氏も、現政権の対応をいさめているほどである。
 教育行政で大切なのは地域の自主性や主体性である。これまでの政府の竹富町教委に対する恫喝はその反民主性をあからさまに示すものにほかならない。

 69年目の8月15日を迎えた今、戦争体験者も戦争中の教育体験者も残り少なくなった。その1人として、私は思考停止の「いつか来た道」に駆り立てられている今の日本にあって、不退転の闘いをやめないウチナーンチュに、そして竹富町教委に、残り僅かな人生だが改めて共闘の固い決意を披露するものである。

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