「アベノミクス」の欺瞞がもたらす未曾有の危機/同志社大学教授 田淵太一

欺瞞策としての「アベノミクス」

安倍晋三 11月17日に公表された7―9月期GDP一次速報において、年率1・6%減のマイナス成長が明らかになったのを受け、安倍晋三は翌18日、消費再増税を2017年4月へと1年半先送りする方針を表明し、その是非を問うとして衆議院解散・総選挙実施を宣言した。
 ところが消費再増税に反対する野党勢力は見あたらず、争点はすり替えられて「アベノミクス解散」であると喧伝されるようになった。民主党・野田政権が衆議院解散を表明した2年前と比較して、8600円台だった日経平均株価は17000円代半ばへと約2倍に上昇し、円安は37円を超えて進んだ。雇用者数は約100万人増加した──こうした表面的な「成果」によって再び有権者を眩惑できるかもしれないという願望が「アベノミクス解散」というスローガンに表れている。

 元来、「アベノミクス」と称される経済政策は、安倍晋三がめざす「戦後レジームからの脱却」、すなわち憲法改悪と自衛軍創設といった政治目的を達成するための欺瞞策であり、2012年12月末の安倍政権発足から半年ほど疑似餌として利用し、13年7月の参議院選挙で改憲勢力が3分の2に達すれば用済みになるはずであった。しかし参院選前に橋下徹が従軍慰安婦問題を起こして極右勢力が失墜し、この改憲シナリオは未然に阻止された。
 こうして「アベノミクス」は、当初想定していた賞味期限を大幅に超過したにもかかわらず、内閣支持率を維持しつつ特定秘密保護法・辺野古基地建設・原発再稼働・憲法解釈変更による集団的自衛権容認といった極右政策を推進するために、欺瞞策としての活用を延長せざるを得なくなったのである。

 本来、「国民に信を問う」べきは、これらの極右路線の是非であるが、これについては素通りし、疑似餌としての「アベノミクス」が今回、再び有権者の目の前にぶら下げられたのである。このような解散には「大義名分」がないとして有権者の反発を受けたとしても、棄権が増えて投票率が下がれば組織票をもつ自公が有利になる。

「アベノミクス」の帰結

アベノミクス経済指標 本来その場限りの欺瞞策であったものが期間を大幅に延長された結果、その効果は破壊的なものとなっている。

 「第1の矢」である金融緩和によって株価上昇と円安が進行したものの、円安によって輸出が増え、投資拡大と賃金上昇・消費拡大をもたらすという結果にはなっていない。そもそも、すでに生産拠点を海外に展開しているグローバル企業が円安によって輸出を増加させたり国内投資を拡大するなどといった行動をとるはずはない。円安によってグローバル企業の海外からの投資収益が円建てで急増するという結果のみがもたらされた。名目賃金が上昇しないまま輸入物価上昇に直面して、実質賃金は15ヶ月連続で低下している。輸入部品などのコスト上昇にあえぐ中小企業の経営も苦しくなっている。

増える貧困層・減る所得 アベノミクス経済指標 この2年で雇用が100万人増えたと喧伝されるが、その内容は、非正規雇用が123万人増加し、正規雇用が22万人減少したというものであった。年収200万円以下のワーキングプアは約30万人増えて約1120万人に達した。他方、株式などの資産価格上昇により100万ドル以上の資産をもつ富裕層は9万人以上増加して272万人に達した。上場企業の純利益は過去最高の14兆3000億円に達したが、半分の7兆円は全体の2%ほどにすぎない上位30社に集中している。役員報酬1億円以上の人数は361人と過去最多を記録した。要するに、金融緩和によって「格差社会」はいっそうその醜悪さを増した。

 「第2の矢」である財政政策はほとんど効果を発揮していない。10・3兆円の経済対策を組んだ12年度補正予算と公共事業関係費を増大させた13年度予算によって13年度のGDPは0.7%押し上げられたが、13年10―12月期には息切れしてマイナス成長に陥り、14年には人手不足や資材価格高騰で公共投資の効果が薄れた。14年4月の8%への消費増税以前に、「アベノミクス」は失敗を露呈していたのである。この1年でプラス成長を記録したのは増税前の駆け込みがあった1−3月期だけである(以上の結果は2年前から十分予想できたことである。『季刊変革のアソシエ』No.12, 13拙稿を参照)。
 4月の消費増税後、消費は低迷し、投資は伸びず、住宅需要は減退した。14年4―6月期にはGDP年率7・3%減、7―9月期は1・6%減の2四半期連続マイナス成長にとなった(後者は一次速報値であり、総選挙直前の12月8日に予定される二次速報では「改善」された数値が発表されるかもしれない)。14年度全体でもマイナス成長となることは確実である。

 「第3の矢」である成長戦略についてはほとんど手つかずであり、投資家など市場関係者やエコノミスト、右派の野党から批判や催促を受けている。もともと成長戦略とは「構造改革」の言い換えであり、労働・医療・農業など人々の生活の土台を守る規制(竹中平蔵によれば「岩盤規制」)を撤廃しグローバル企業による収奪の対象にしようとするものである。今回の解散により労働者派遣法改正案等が廃案となり、今後半年ほどは審議する機会もないと見られる。

「黒田バズーカ2」がもたらす危機
黒田日銀総裁

黒田日銀総裁

 安倍晋三による消費再増税と衆議院解散表明に先立つ10月31日、日銀が追加緩和を発表した。日銀は長期国債買い入れ額を50兆円から80兆円に引き上げるとともに、ETF(上場投資信託)の年間買い入れ額を1兆円から3兆円に引き上げた。また、同日、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は運用比率に占める国債の引き下げと株式の引き上げを骨子とする運用改革を発表した。GPIFによる国債の運用減額は30兆円であり、日銀の買い入れ増額と一致する。日銀が買い入れる80兆円は、財務省が発行する国債のほぼ全額に一致し、ネットの年間新規発行額の2倍に匹敵する。

 要するに、GPIFが運用する年金基金をリスク資産である株式に投入して株価=内閣支持率を維持しつつ、日銀には政府の発行する国債を全額買い上げさせるというデタラメな政策である。欧米のメディアはこれを「無謀な策」「モルヒネ」「バンザイノミクス(戦争末期の日本軍による体当たり攻撃に喩えている)」などと揶揄した。

 黒田日銀総裁が追加緩和(「黒田バズーカ2」)に踏み切った動機は明らかでない。財務省・日銀が消費再増税決定を後押しするために追加緩和を行ったが、再増税延期・衆院解散によってハシゴを外されたという見方と、安倍・黒田はあくまで連携しており、マイナス成長判明に伴って解散表明前に株価暴落が生じることを防いだという見方が錯綜している。いずれにせよ、日銀は緩和の切り札を使ってしまったうえに、未曾有の危機への扉を開いた。

 日銀は市場を通して国債を買い入れることをもって今回の決定が「マネタイゼーション(中央銀行の通貨増発による国債引き受け)」とは異なると弁明しているが、全額買い入れによって市場自体が機能停止するので、事実上のマネタイゼーションであるといってよい。マネタイゼーションは結局のところ急激なインフレーションをもたらすというのが歴史の教訓である。現在、物価の決定要因となる単位労働コスト(人件費)は急上昇しており、今後円安がさらに進めば、輸入物価の上昇と相まって、現在の目標インフレ率である2%を超えて物価上昇が進行し2016年ごろまでには日銀がコントロールできなくなる可能性がある。日銀が国債買い入れを停止すれば、国債価格が暴落して金利が急上昇し、日本の財政は破綻する。これを避けるために国債買い入れを継続すれば、物価上昇を阻止できず、外貨準備の取り崩し(ドル売り)に踏み切って円防衛策を発動せざるを得なくなる。ドル売りは米国の金融市場混乱や財政危機を誘発しかねない。

 本稿を執筆している11月末の時点では、12月14日に投開票される総選挙の結果がどうなるかを見通すことができない。自民党の現有295議席から1割(29議席)減までであれば自民党単独で絶対安定多数(266議席)が維持でき、安倍独裁が継続しうる。2割(58議席)減を超えれば自民党単独過半数(237議席)を割り、15年秋の総裁選で別の極右政治家に首相の座を譲ることになるかもしれない。後者の場合には、政局の不安定さから早期の日本売りが引き起こされる可能性もある。
 いずれの場合であれ、対米従属の極右政治は、その経済的な欺瞞策が破綻することによって日本経済の没落か米国との利害衝突に直面せざるをえなくなるだろう。

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