NAFTA20年のメキシコを歩く(1)出稼ぎの村から/大野和興

出稼ぎの像/メキシコ

村の中心にある「出稼ぎの像」/メキシコ・ケレタロ州

 メキシコが米国、カナダと締結した北米自由貿易協定(NAFTA)が発足して20年に当たる2014年11月、メキシコに出かけた。NAFTAのもとで、メキシコの労働者や農民に何が起こっているかを取材するためである。
 NAFTAは世界的にももっとも早く動き出した自由貿易協定であり、安倍政権が参加を切望して交渉に臨んでいる環太平洋経済連携協定TPP(環太平洋経済連携協定)の原型ともいわれている。 (農業ジャーナリスト・大野和興)

◆NAFTAで何が
マリー・カルメンさん

マリー・カルメンさん


 2013年にTPPに反対する日本の市民団体の招きで来日し、各地のTPP反対グループと触れ合いながらメキシコの状況を伝えてくれたメキシコ通信労組のマリー・カルメンさんはメキシコの労働者と農民の状況を次のように話した。

「1994年にNAFTAに合意署名がされた後、産業経済全般において、農業、製造業、繊維、通信サ-ビス、輸出など様々な異なる分野の労働者がその影響を被った。」

「メキシコの最低賃金水準で働く労働者はそれだけでは生活できないため、ほとんどが副業や副収入を得なければならない。1987年には家族の一人の働き手で充分だったのが、2000年には格差を少なくするために2つの仕事を持つか家族の2人が働くのが通例となり、2012年には更に状況は悪化し、3人の働き手が家計のために働くこととなり、基礎的な食料の値段は180ペソ(約1455円)になる一方最低賃金は6ペソドル以下となった。これらは住宅費、衣料費、靴類、そしてごくわずかな娯楽も含まない段階である。」

「だから、メキシコでは移民労働が全く普通で、その送金が何千もの家族を支える収入源となっているのだ。」「NAFTAのもう一つの影響は、食料主権の喪失だ。最初の7年間でメキシコは食料輸入国となった。年を経る中で、以前5億8100万ドルの食料黒字国から21億8100万ドルの超赤字国となってしまった。1987~1993年の輸入は5200万トンだったのが、NAFTA加入後1994~1999年では9千万トンの輸入となった。打撃を受けたのは45%も価格が下がった1800万人の農家である。」

◆出稼ぎで残された女たちの村

村の女性リーダー ロレナさん村の女性リーダー ロレナさん

村の女性リーダー ロレナさん

 メキシコでの最初の訪問地は、首都メキシコシティから北西に約200キロのところにあるケレタロ州の農村だった。主な作物はトウモロコシで、かなり高地の傾斜地の村だ。この地域を訪ねたのは、農村女性たちによる小さな仕事づくりのネットワークがあると聞いたからである。パン屋、薬草づくり、トウモロコシの粉で作る薄焼きのメキシコパンであるトルティーヤ製造などをいくつも女性グループや個人が手掛けている。

 一体なぜ女性たちはそんなに懸命に仕事づくりに取り組むのか。リーダーの一人ロレナさんという40歳になるという女性が、「NAFTA加盟後、アメリカに出稼ぎに行く男たちが急速に増えたことが背景にある」と答えてくれた。自由貿易協定でアメリカから安いトウモロコシが流入し、農民が作るトウモロコシの価格が低落、地元の農産物を買い取って加工していた地元工場も潰れてしまったからだ。

 彼女もまた、夫と息子が出稼ぎに出ている。残された女たちは精神的に不安になり、家に閉じこもり勝ちになる。
 「私たちがグループを作り、仕事づくりをするにはもちろんそこで得られる収入もありますが、仲間と集まる場所があるということも大事なのです」

 この村の世帯数は約300戸。その九割の家庭で、家族の誰かがアメリカに出稼ぎに行っている。その結果、村の人口の七割が女性という極端に不均衡な構成になってしまった。しかも出稼ぎに行った男たちのうち合法的に国境を越えたものは三割しかいない。七割は危険を冒しての非合法移民だという。
 だから、女性グループのネットワークのセンターになっている小さな建物の一角にはコンピューターを教えるスペースがあった。国境を越えて出稼ぎに行った夫や息子とメールで連絡を取り合えるようにトレーニングをするためだ。彼女もフェイスブックを持っているという。

 この村のメイン通りに、奇妙な三体の像が建てられている。
 右端にいる男性像。両手を高く上げ、右手には札束。一段高いところにいる男が必死で険しい崖をよじ登ろうとしている女性に手を差し伸べている。女性は赤ん坊をおぶり、札束の男は笑っているように見える。
 出稼ぎの像だと案内してくれた人が行っていた。アメリカに渡り、ひと儲けした男、それを追って妻が子どもを連れて案内人に導かれて国境を越える。こんな風に国境を超えるのは非合法に決まっている。
 この像を村の真ん中に建てた意図、この像は何を意味しているのか、出稼ぎ推奨なのかそうではないのか、どれも不明だった。

◆つぶれた村の工場
閉鎖工場跡

閉鎖工場跡


 ロレナさんはぜひ見でほしいと村のはずれに案内してくれた。朽ちかけた工場跡だった。
 「ここを見ればNAFTAで何が起こったかをすぐわかります」

 その工場は、この地域の特産だったレンズ豆のパッケージ工場だった。男女合わせ30人以上の村人がここで働いていた。
 NAFTAの後、農村を襲った農産物価格の下落でレンズ豆の価格も低落、間もなく工場はつぶれた。中に入ると、すべて持ち出され、空っぽになった作業場、まだ黄色く変色した帳簿や伝票類が散乱するかつての事務室が寒々と広がっていた。
帳簿類が散乱した工場跡

帳簿類が散乱した工場跡


 「ここへ来ると悲しくなります」
 ロレナさん自身も、昼はこの工場で働き、夜はやはり村内にあったパン工場で働いていた。
 そのパン工場も町から進出してきた大きな工場のあおりを受けて倒産した。
 メキシコの主食はトウモロコシの粉でつくるトルティーヤという薄焼のパンで、手作りのトルティーヤを売る小さな店が村には何軒もあったが、それもみんなつぶれた。
 みんな地元の女たちが細々と、しかしのんびり、楽しくやっていた小商いだった。材料のトウモロコシもまた、地元の農家が作るものだった。(続く)

NAFTAとは――
貿易の自由化による経済発展を目的として、米国とカナダとの間で1989年結ばれ、その後94年に、メキシコが加ったことで現在の体制となった。協定では、域内の貿易における全品目の関税を金額ベースで99%撤廃することとなっている。

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