第20号(2010/2/1)●別紙
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進歩左派理念の再構成問題について
平等、エコロジー、平和、ジェンダーは水平的に関連させることができるのか
[進歩戦略会議討論会寄稿]

進歩評論編集委員パク・ヨンギュン2009年3月23日
訳/黄 泳洪



1. これらの問題を考えるために


 私たちがこの問題を扱うためには、先ず3つの位層に分けて扱わなければならない。
 水平的に関連できるか出来ないのかの問題は「それらがどんな根源的矛盾で始まったことであり、どのように相互に関連されているのか」を分けるところから始めねばならない。平等、エコロジー、平和、ジェンダーの問題は、矛盾の根元がそれぞれ違うという点で独立性を持っている。 このような点でこれらの間の関係は水平的。 しかしそれが今日の社会で作動する方式から見るならば、それは水平的ではない。資本主義社会でエコロジー、平和、ジェンダーの問題は、資本の内的矛盾を通じて接合され拡大再生産される。このような点で、これらは階級矛盾を中心に配置されて反資本、または資本を越える課題を共通に持つことになる。
 しかし、だからといって階級矛盾が優位にあり、エコロジー、ジェンダー、平和などがここに従属されると考えるべきではない。二番目には、まさに「与えられた情勢で主要矛盾は何か」です。それはそれぞれ違った矛盾などが互いに関連されて決定される。この時、それぞれの与えられた情勢効果の中でその構造は変わる。例えば、ある時は平等が、ある時はジェンダーが、ある時はエコロジーが主要矛盾で、その情勢を規定する核心的争点になる。それでもまだ現場中心の左派運動は、労働者主義を抜け出せずにいる。全ての矛盾は階級矛盾を通過しなければならないかのように考えている。いつでも情勢の具体的な配置を見る必要がある。
 三番目に重要な問題は、それぞれ矛盾の生成の根源が違うためにこれを解決する過程は、何の衝突もなく配置されるのではないと言う点。例えば平等とエコロジーは今日の環境問題が貧富問題という点で互いに連結する。だが生態的環境の問題は、化石エネルギー体制に絶対的に基づいているためにそれを変える問題で、労働の利害ー生産の利害と衝突する。同じようにジェンダーの問題は、女性の性と少数者の性が資本主義的な労働力再生産の構造+家父長制によって、抑圧され再生産されるという点で関連し、他方で人権と多様な価値、人生の豊かさと関連する。従ってそれは必要と欠乏に基づいた労働運動と衝突する。女性とエコロジーの問題も同じ。

2. 反資本主義の実践のなかで連帯が生まれる


 私はこれらの問題に関連する共通性を一方で探しながらも、相互衝突する点での価値序列を構成する必要があると考える。問題は「この価値の序列をどのように構成するのか」です。私は資本の内的矛盾を中心にエコロジーと女性、少数者の問題を配置することができると考える。それは資本の生産と再生産過程の全体的な絵の中で成り立たなければならない。しかしこういう序列化作業は、お互いの合意点を引き出すのに相当な論争と時間を必要とする。このためには資本主義的パラダイムとその価値体系から完全に一線を画することが先行しなければならない。労働、人権、平和、エコロジーには、資本主義的価値観が相変らずくっついている。労働運動からは市民社会運動がプチブルジョア的というが彼らのほうがはるかにブルジョア的な思考と価値から言っている場合も多い。従ってただ女性運動、環境運動、平和運動だけの問題ではなく労働現場自らの問題でもある。
 もちろん新しい共通性、類似性を探して行く過程は、単に理論的作業で成り立つことではない。職場中心の労働運動でなく地域での社会運動との結合が必要です。そしてその中で新しい反資本的価値を作っていかなければならない。例えば、人権概念がブルジョア的人権概念に留まる時、それは個人主義的価値を抜け出せない。しかしマルクス的価値は「社会化された労働」と「社会化された生産」にある。それは人権概念を社会的生産と労働に符合する新しい人権概念に変える。それは個別的な労働の価値に関する問題ではなく、共同体の生産と消費を通じて生を作る共同体の連帯的価値を要求する。このような点で、エコロジーとジェンダーは社会的個人として、共同体的存在として個人の権利を要求する。例えば失業者に与えられる失業手当も、国家や社会の恩恵でなく彼らが受け取る正当な権利です。なぜなら失業者もこの社会の生産に間接的に参加しているから。
 従って反資本という共通の戦線の中でお互いに縦横に相互交流して、新しい代案的共同体を作る実践が必要です。その中で新しい連帯が形成されると私は考えます。

3. 労働者が新しい社会の主体になるためには


 こういう連帯の中心にコミューンがある。 それは地域でコミューンを作る過程、生産現場で「ソビエト」のようなコミューンを作る過程で形成される。これらの中で新しい価値と文化が生成されて行く。特に現場の労働者は、労働者という理由だけで新しい社会の主体になることはできない。彼らが新しい価値と文化を創出できる時、新しい社会の主体になることができる。ヘゲモニーというものは、倫理的価値を確保しないで与えられるものではない。特に、今日の無限競争、優勝劣敗の社会で「不安」と「アノミー」的利己心が作動する社会では。このような点で、この全ての連帯的実践が進まなければならない共通の方向は、新しい代案的共同体の建設であり、反資本主義的な代案権力の求心的な「コミューン」を建設する過程にならなければなければならない。(3月号に続く)

湯川順夫(トロツキー研究所)

第1回 フランスにおける新しい組合、新しい社会運動

【注】これは、209年12月5日の「変革のアソシエ」研究会での湯川講師の報告を当日の研究会に参加した編集部の責任でまとめたものです。よって文責は編集部にあります。なお、第2回目は2月20日、反資本主義新党(NPA)をテーマに行います。


フランス労働組合運動の特徴

 フランス労働組合は、企業別ではなく地域から組織された組合です。組合事務所は「労働取引所・労働斡旋所」が発展してできたので、職場に組合事務所はほとんどありません。地域から非合法で職場に組織してきたので、組合事務所は地区の労働者街にあり、軍隊の拒否者や亭主の暴力から逃げてきた女性の駆け込み寺にもなっている。
 組合事務所が職場の中に認められたのは、68年5月の1千万人のストライキのあとです。組織率も低く、9%程度です。
 組合は多くのナショナルセンターに分かれていますが、運動が高揚すると、国鉄の「運転士共闘会議」や「看護士共闘会議」など職種横断的な共闘会議がしばしば作られる。だから組織率が9%でも職場総会で共闘会議とか工場委員会が作られ、ストライキができる。
 もう一つの特徴は、闘争が容易に全国政治闘争に転化するということです。経営者は寛容ではなく解決能力がないので、労働者は経営者の頭越しに政府と対決し、そこで獲得した成果を経営者に強制することがしばしば起こる。
CGTに組織された「サン・パピエ」(労働許可証を持たない移民労働者)のデモ行進。「パピエ」とはペーパー(労働許可証の紙)のこと。

フランス労働組合運動の歴史

 フランス革命は人民の権利を獲得した重要な革命ですが、ブルジョア革命なので、労働者の団結権は長い間禁止されていた。1870年代後半、地域から労働組合が復活していく。CGT(フランス労働総同盟)が1895年にできた。CFDTはキリスト教系の組合から1964年に分かれて出てきた。日本の総評のように戦闘化してCFDTになり、社会党と緩やかな関係を持っている。
 CGTは1905年、アミアン憲章によってサンジカリズムの組合となった。ところが多数派は第一次大戦で政府の戦争を支持した。革命派はこれに対して祖国敗北主義の立場をとり、これが共産党の核となる。CGTは人民戦線やレジスタンスを通じて共産党系が圧倒的多数派になる。今、夏に長期のバカンスをとれるのは、人民戦線時代に「マティニョン協定」を勝ち取ったからです。終戦直後、共産党は労働者の圧倒的多数で、リヨンの自治体は「赤いベルト地帯」と言われた。1966年段階でCGTが50・8%で、フランス労働運動の拠点中の拠点と言われたルノーヴィアンクール工場でも共産党の影響はすごかった。

68年5月がもたらした成果

 68年5月には急進的な青年の闘いがありましたが、そこでエコロジー、フェミニズム、自主管理社会主義、官僚主義に対する民主主義等々、新しい思想が日本でもフランスでも出てきた。フランスでは新しい思想はかなり社会に浸透し、社会を変えていった。例えば家父長制が崩壊した。日本では今でも結婚は「両家」の間で行われていますけど、フランスではほとんどありません。
 新しい思想は社会党とCFDTに流入し、内部で自主管理左派ができていった。その典型が、1970年代初めに倒産したリップ時計工場の自主管理闘争です。
 共産党とCGTはモスクワ直系で、新しいものを吸収する許容力がなかった。戦後、女性が職場に進出していきますが、女性や移民労働者を吸収できない。またCGTは鉄鋼、化学、造船、自動車、国鉄など基幹産業が拠点だったので、戦後の高度成長が終わると基幹産業部門の海外移転と共に凋落していった。68年世代は大学卒業後、主にCFDTに入り、中で左派を形成していった。
CFDT-PTTから排除された労働者によって結成されたSUD-PTT労組のマーク。SUDとは「So1iarity(連帯)・Unite(団結)・Democracy(民主)」の略称であり、同時に「南」を意味するフランス語でもある。南の明るい陽気なイメージがある。

指導部の右傾化と左派の独立

 1980年代後半になると、社会党とCFDTは指導部が右傾化していきます。そこで左派と衝突する。CGTはジリ貧状態になっている。新自由主義の中で既得権が攻撃されるが組織は守ってくれない。そこで自分たちで新しい運動を創っていった。
 CFDT・PTT(郵便と電信・電話部門)パリ地区の郵便貨物運送労働者がストライキをやった。ところがPTT指導部は労資協調派でストライキを認めない。首都圏は左派なので、指導部はパリのPTT組合員1000名くらいを全部除名してしまった。除名された組合員は新しくSUD・PTTという組織を立ち上げた。
 ところが除名された側が多数派となっていく。電信電話部門の職場代表選挙でSUDは95年に26.7%で、2000年には27.5%。一方、排除した側のCFDTは18.1%と20.4%。郵便部門でも2000年にはSUDが21%でCFDTが18.3%。また全国教員組合でも同じことが起こった。
 新しい組合の特徴は、労働組合民主主義の徹底化です。今までは職場総会でストライキを決定しても、指導部が勝手にストライキを中止させた。新しい組合は職場総会で中止決議するまで、ストライキを続ける。また、労組の専従は2年経ったらもとの職場に戻す。指導部に女性が少ないので増やしていく。
 それから未組織を組織する。国鉄で働く清掃労働者も組織する。正規の滞在許可証を持たない移民が新幹線でマルセイユへ送られ追放されることに反対してSUDはストライキをやる。
 SUDは「AC!」(アセ=「もうたくさんだ」という意味)という反失業団体にも加盟している。「AC!」は職安事務所に押し掛けて占拠し、「年末手当をよこせ」とバリケードを築き機動隊とやりあう。フランスでは72〜73年のオイルショック以来失業が増え続け、70年代後半には失業率が10%近くになった。身近な誰かが失業しているから他人事じゃない。だから世論は占拠闘争を支持する。
 「サン・パピエ」という滞在許可証を持たない移民も支援している。ホームレスの空き家占拠闘争では2年以上空き家になっている所を占拠しているので世論が支持する。だから機動隊も排除しにくい。冬、セーヌ河畔にテントを建て、ホームレスがどんなに大変か体験してみませんか、という運動をやったら、ものすごい応募があり、世論が動き法律ができた。90年代のことです。
SUD-PTT労組の隊列で共に行進するオリヴィエ・ブザンスノー(右端)。彼はLCRの大統領候補として2002年、2007年に立候補し注目された。現役の郵便労働者であり反資本主義新党(NPA)の指導者のひとりでもある。

新しい運動が新自由主義を突破

 日本では、「上尾暴動」を契機に国鉄労働者叩きがどんどん強まり、国労が負けていった。
 フランスでは1995年の年末に、当時の保守党政府のアラン・マリー・ジュペが、赤字線廃止や、国鉄労働者の年金改革などをやり、公務員や国鉄労働者がストライキでこれに対抗した。そこで有名な論争が起こった。アラン・トゥレーヌというCFDT系の社会学者が「同業組合主義的(利己的)な要求で支持できない」と主張した。これにダニエル・コーン・バンディが呼応した。68年5月の英雄。現在は欧州緑の党の中心的人物です。
 これに対して、社会学者のピエール・ブルデューが労働者の要求は正統だと反論し、LCRのダニエル・ベンサイドやアラン・クリヴィンヌがこれに賛同する。68年世代はここで分裂し、ドイツ緑の党などはNATO軍によるバルカン半島への劣化ウラニウム弾攻撃支持にまわった。これで環境政党なのか?
 結局ストライキは成功し、地方都市では68年を上回るデモとなる。民間労働者は街頭デモで連帯し、農民連盟のジョゼ・ボベは労働者に食料を届け、学生も支援した。そしてジュペの計画は挫折した。新しい組合、新しい社会運動が連帯して勝利し、グローバリゼーションに抵抗する世界的な運動と呼応して、国際的な運動を担う勢力となる。
 当時は新自由主義全盛時代だから「市場経済は当然」という流れだった。民営化も、EU全体で決まるからフランスが反対してもだめだというのが政治家の言い訳だ。しかしこの勝利によって「抵抗したら勝てる」という機運が生まれた。そこでさまざまな社会運動がフランスでは発展した。(つづく)


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