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花岡を忘れるな 耿諄の生涯 高ヒット
2014/6/30 23:25 投稿者: com21 (記事一覧) [ 4097hit ]

昭和史でも特筆すべき花岡事件の生き証人だった中国人・耿諄(コウジュン)。三十年にわたり事件の記録を掘り起こし続けた著者に語った事件の真相。日本の国、企業、国民の戦後責任を問い、現代に警鐘を鳴らす評伝。敗戦69年、事件後69年にあわせた記念出版。

【目 次】
第1部 花岡事件・耿諄伝  野添憲治
 ・序 章 四二年目の「花岡事件」
 ・第一章 国民政府軍の将校で捕虜に
 ・第二章 花岡鉱山での地獄の日々
 ・第三章 蜂起「花岡事件」
 ・第四章 帰国後も続いた苦難
 ・第五章 鹿島に謝罪と補償を求めて
 ・補 章
 ・写真資料
第2部 寄稿
 (1)父耿諄のこと  耿碩宇
 (2)終わらない戦争、「尊厳」のための戦い
   ~「被強制連行者」「特殊工人」らの抗日闘争  山邉悠喜子
 (3)日中間の歴史認識に横たわる深い〈溝〉
   ~花岡「和解」成立直後の中国側の動向から  張宏波
■耿諄さんの遺書 ─あとがきにかえて
■耿諄関連年表
■「耿諄」を知るための資料

【書評(河北新報)】
https://kacco.kahoku.co.jp/blog/bookreview/52396
 太平洋戦争末期、秋田県花岡町(現大館市)の花岡鉱山に強制連行された中国人が蜂起した「花岡事件」。この時、同胞を指揮した耿諄(こうじゅん)氏は、後に使役企業を訴えた裁判で原告団長を務め、2012年に亡くなった。本書は、耿氏の98年間の苛烈な生涯を、本人への聞き取りなどを基にまとめた。事件の実態や、当事者のさまざまな思いを後世に伝える力作だ。

 耿氏は中国国民党軍の将校だったが、日本軍に花岡鉱山に連行された。虐待や過酷な労働に耐えかね、1945年6月30日、中国人労働者たちを率いて立ち上がった。鎮圧された後の拷問による犠牲者を含めると、400人以上が死亡したとされる。厳しすぎる労働と飢えのため死んだ仲間の肉を食べる者が出たり、牛の生殖器を乾燥したムチで殴打されたり。「生き地獄」を味わった中国人たちの様子が、生々しくつづられている。

 耿氏ら生存者と遺族は95年、使役企業の鹿島(旧鹿島組)に約6000万円の損害賠償を求めて提訴した。鹿島側が被害救済の5億円の基金を設立することなどを条件に、2000年に和解した。しかし、和解に関する十分な情報が得られなかった耿氏は、和解条項の全容を知って卒倒する。最も強く求めていた謝罪の言葉などがなかったからだ。本著はこの時の耿氏の無念さを中心に、日中間の歴史認識の溝の深さを浮き彫りにする。

 編著者が撮影した耿氏の写真や、耿氏の次男の耿碩宇氏ら関係者の寄稿も収録。昭和史に特筆されるべき事件に、多面的に迫っている。著者は35年秋田県藤里町生まれで能代市に住むノンフィクション作家。

【著者略歴 野添憲治(のぞえけんじ)】
 ノンフィクション作家。1935年、秋田県藤琴村(現・藤里町)に生まれる。新制中学を卒業後、山林や土方の出稼ぎ、国有林の作業員を経て秋田総合職職業訓練所を終了。木材業界紙記者、秋田放送ラジオキャスター、秋田経済法科大学講師などを経て著述業。
 1995年、『塩っぱい河をわたる』(福音館書店)が第四二回産経児童出版文化賞を受賞。2010年、『企業の戦争責任』『遺骨は叫ぶ』が平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF)の第16回奨励賞を受ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

発行元社会評論社 (2014/6/30)
体 裁単行本: 287ページ
価 格2,376円
著 者野添憲治
ISBN978-4784515226
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