「共謀罪」再提出を許すな!労働者・市民への弾圧立法/永嶋靖久(弁護士)

「テロ等準備罪」と名前を変えても危険な本質は変わらない


共謀罪新設阻止

 自民党政権がこれまで三度にわたって国会に提出し、そのたびに危険な人権侵害との世論の強い批判を浴び、反対運動が盛り上がって廃案となってきた「共謀罪」。第3次安倍政権がまたも名称を変えて9月26日召集の臨時国会に提出する構えである。
 「テロ対策」のための法案と強調されているが、思想・信条の自由など人権、労働者の団結権などを侵害する「現代の治安維持法」と危険視された「共謀罪」法案の再上程である。戦争法に続いて憲法9条を改憲し、日米軍事同盟強化の下に「戦争のできる国家」へ突き進む安倍政権の狙いは、これに反対する沖縄―本土の労働者・市民や闘う団体を弾圧し、物言えぬようにするためにある。以下、永嶋弁護士に新法案の実態と危険について暴いていただいた。
(注―コモンズ編集部の責任で一部編集しています)

「テロ等準備罪」と名前を変えた新法案
共謀罪 共謀罪法案(組織的犯罪処罰法改正案)は2003年初めて国会に提出され、以後、2009年までの間に、計3度提出され、すべて廃案になった。
 当時国会に提出された共謀罪法案(旧法案)は、法定刑が死刑、無期若しくは長期4年以上の懲役あるいは禁錮刑の罪に当たる行為について、「団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀」することを犯罪として処罰しようとするものだった。600を越える行為(前回国会提出の当時)について合意だけで処罰するものであり、市民運動や労働組合、会社組織なども含めてとめどなく処罰対象が広がる、思想処罰と紙一重の現代の「治安維持法」などと批判されて繰り返し廃案となった。

 では、「テロ等準備罪(新法案)」はどこが共謀罪と変わったのか。
 法務省は、新法案を「組織犯罪準備罪」と呼んでいるが、その要件を「1、対象となる犯罪は,限定されている。(1)『組織的犯罪集団である団体』の活動として行われる犯罪であること。(2)犯罪の実行のための『組織』により行われる犯罪についての計画であること。(3)重大な犯罪(懲役・禁固4年以上の刑を科すことができる犯罪)であること。2、計画は,具体的・現実的な計画でなければならない。3、計画に加えて、計画した犯罪の準備行為が行われることが必要」と整理した上で、「今回新たに『団体』を組織的犯罪集団に限定し、3の要件を付加」と説明している。

危険な本質は「共謀罪」法案と同じ
治安弾圧を阻止しよう つまり、法務省の説明にしたがっても、「組織的犯罪集団である団体」が限定になっておらず、「犯罪の準備行為が行われること」が新たな要件になっていないなら、旧法案に対する批判がそのまま新法案に妥当することになる。

 旧法案では「共謀」と表現されていたものが、新法案では「計画」と表現されている。しかし、この変更は犯罪の成立要件の変更とは説明されていないから、法務省は「共謀」も「計画」も同じだと考えているのだろう。
 「組織」により行われる犯罪の計画だけを処罰すると言っても、2人以上の間で行為の共謀があるとされれば、そこには行為に向けた「組織」が存在することにされてしまうから、「組織」が何のしばりにもならないのは旧法案と同じだ。

 法務省のいう「重大な犯罪(懲役・禁固4年以上の刑を科すことができる犯罪)」も旧法案と変わらない。これは、公衆便所の落書き(建造物損壊)や万引き(窃盗)をはじめとして、2005年1月1日時点で614、同年4月1日には615(国会で質問された政府委員はどんな行為が増えたか答えられなかった)、同年10月21日には619あるとされた。その後も、長期4年以上の懲役あるいは禁固刑の罪に当たる行為はどんどん増えていき、現在では700近くに及ぶ行為に共謀罪が成立すると言われている。

権力・捜査機関のやりたい放題で弾圧は拡大
戦争できる社会 また、「計画は具体的・現実的な計画でなければならない」というが、「漠然とした相談」「意気投合した程度」と「具体的・現実的な計画」は程度の問題だ。前者と後者をはっきりと区別することなど不可能だ。さらに、法務省自身が、目くばせでも共謀が成立する場合があると国会で答弁している。

 では、「組織的犯罪集団である団体」は限定になっているか。新法案によれば、「組織的犯罪集団」とは、その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている罪等を実行することにある団体だ。しかし、例えば公衆便所の落書きや万引きの相談をした者同士の間では、その相談を始めたことで、公衆便所の落書きや万引きをするという共同の目的を基礎とする結合関係ができたことにならないか。
 つまり、700近いという、長期4年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている行為の相談をすれば、そのことだけで相談者同士が自動的に組織的犯罪集団にされてしまう可能性があり、「団体の活動」を「組織的犯罪集団の団体の活動」としてみたところで、結局、何の限定にもなっていない。

 次に、「犯罪の準備行為が行われること」は新たな要件として意味があるか。この準備行為について,法務省は「予備罪の予備のようにそれ自体が一定の危険性を備えている必要性はなく・・・犯罪についての許画について,当該犯罪が現実に実行される可能性が高まった」と認められればよい、としている。当該犯罪が現実に実行される可能性が高まったかどうかは,捜査機関が判断する。何が「犯罪の準備行為」とされるかは捜査機関の恣意に委ねられているということだ。共謀したとされる者が「がんばろうね」と声をかけあう(何をがんばるのか分からないが)とか、ATMでお金をおろす(何のためのお金か分からないが)とか、捜査機関はほしいままに、実行される可能性が高まったから「準備行為」だというだろう。

 法務省がいう、新たな限定や要件は、何の限定にもなっていないし、新たな要件としての意味もない。結局、旧法案も新法案も法律的にはその内容に変わりはない。「テロ等準備罪」といい、あるいは「組織犯罪準備罪」といっても名前を変えただけの「共謀罪」だ。

人と人のあり方と社会のあり方を変え、戦争へと大きく進めていく
沖縄での警視庁機動隊の暴挙

沖縄での警視庁機動隊の暴挙

 それだけではない。今では、旧法案が廃案になった当時にはなかった、大改悪された盗聴法や司法取引制度がある。これらに加えて「共謀罪」が成立すれば、冗談も言えない社会、人が人を信用できなくなる社会が現実のものになりかねない。また、今では、与党は改憲発議可能の議席を手にして、この秋から改憲に向けて動き出そうとしている。「共謀罪」が成立すれば、改憲反対運動の弾圧に猛威をふるうだろう。

 かつて治安維持法は国体の変革と私有財産の否認の思想を処罰した。では「共謀罪」はどのような思想を処罰するのか。「共謀罪」が処罰するのは「思想」ですらない。処罰されるのは「危険な相談」だ。いや、公衆便所の落書きや万引きに始まる700近い行為の共謀をテロの準備として処罰しようとする人たち、あるいは秘密保護法反対運動を指してテロと変わるところがないと公言する人たちは、相談そのものが危険だと考えているのだ。

 団結どころか人と人との交流の危険視の究極が「共謀罪」なのだ。たとえば公衆便所の落書きは1人だけで考えるなら未遂も予備も犯罪ではなく既遂に至って初めて処罰される。ところが「共謀罪」が新設されると、2人で共謀するだけで処罰される。このことの奇妙さに、人と人との交流それ自体を危険視する思想が如実に表れている。

 戦争に向かう社会に投げ入れられた「共謀罪」は、人々の政治的自由や団結を抑圧することによってだけではなく、あるいはそれ以上に、人と人との関係そのものに働きかけることで、社会のありかたを変え、そして社会をさらに大きく戦争へと進めてしまうかもしれない。共謀罪新法案を国会に提出させてはならない。(8月30日記)

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