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  カテゴリー ‘文化・文明’ のアーカイブ
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コモンズ川柳(二〇一六年師走)/乱鬼龍(川柳作家)

・安倍悪政もはや悪魔と化す政治

・列島に憤怒の声は発火点
2016師走・大掃除
・滅びへの道にあふれるノーテンキ

・私なら文春砲より川柳砲

・去年今年貫く末世諸行無常

(『コモンズ』102号の目次に戻る)

ナチスの真似は止めよう/三宮克己(元府中市議)

投稿
三宮克己(元府中市議)

ナチスの真似は止めよう

 10月29日の東京新聞朝刊、スポーツ欄にグリーンリボンランニングフェスティバルで今年も右手を斜めに高く差し挙げている選手宣誓の写真が出ていた。その前の6月にも都の女子中学軟式野球大会で同様のスタイルで宣誓をしているのを見た。
 主催者はスポーツ大会での形式として例年選手に実行させているのかも知れないが、これはあの悪名高いヒトラーが率いていたナチスの敬礼である。

 今なおナチスの戦犯を追及しているドイツでは思いもよらぬ行為だが、そのナチスと同盟を結んでいた日本では、戦争責任をあいまいにしているので、十分な反省もないまま、未だスポーツ界ではこれを継続している。1984年の若草国体の頃までは、選手団も右手を挙げて入場するナチス式行進であったが、さすが今は無くなっている。しかし礼式は残っているので他にも実行している団体があるのか、外国にもあるのか。もし自信があるのなら日本国内ばかりでなく世界大会やオリンピックででも実行して見るがよい。

 「花の維新もナチスの勝ちも、みんな僕らの若い手だ」と歌った私たちの世代には、意味もわからず今も誇らしげに右手を高く挙げているスポーツ青少年たちがヒトラーユーゲントにつながったと見えて傷ましい。見るも不愉快な光景だ。型だけでも、もうナチスの真似は止めよう。

※東京新聞に提言が届く間もなく11月1日、2日の各新聞に、欅坂グループのナチスばりの服装問題が、イスラエル側の抗議として日本ばかりか外国の新聞にも抗議。疑問の声が上がり、日本は当惑している。
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現在に生き続ける植民地主義<連載第4回> 「戦後」という名の植民地主義

「現在に生き続ける植民地主義<br />
―歴史的断絶を通して再生する同一の原理とその危機」【連載4】齋藤日出治 大阪労働学校・アソシエ副学長
連載第4回 (⇒前回を読む)

1933年に日本で制作された中国と東アジアの地図。満洲が中国から色分けされ、朝鮮は日本の領土とされている。

(前項「三.日本における植民地主義の統治術―生かす権力と殺す権力」の続き) 日本がアジアの植民地統治において発動した権力は、フーコーが指摘する生かす権力と殺す権力の双方であり、この二つの権力が車の両輪のようにして発揮された。つまり、日本はアジアの植民地に対して内政国家の二つの統治技術を発動したのである。

 日本は植民地に各種の調査機関を設け、統計学、地理学、地政学、人類学、地質学などあらゆる知を動員した調査研究を実施し、都市計画にもとづく都市建設、道路・鉄道・港湾などのインフラの建設、各種の産業開発を通して植民地におけるひとびとの生命活動を効率よく調整し動員し、そこから日本国家にとって有用な富を引き出すことを植民地政策の課題とした。
 植民地の地図の作成(植民地支配以前からひそかに測量技師を送り込んで行う潜入盗測もふくむ)、土地の測量、人口統計調査、識字調査、生計調査、医療と衛生の調査、工場労働の調査、人骨の分析、体力の測定、都市計画の整備、といった内務行政のような統治政策が植民地統治下で積極的に推進された。

戦前の植民都市ハルピン

大連、新京、ハルピン、北京、京城、釜山、台北、高雄など中国、朝鮮、台湾で植民地都市の建設が推進され、都市が「市街化区域」と「市街化調整区域」とに区分され、周囲には緑地地帯を設け、公園緑地と水利施設を設ける都市計画が整備された[11]

 要するに、フーコーが「内政」として位置づけた生権力の行使が、日本の場合、アジアの植民地地域において発動されたのである。その内政の統治を正当化するために、日本語教育、日本文化の普及、神社の建設など、現地社会の文化破壊行為が強力に推進された。
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コモンズ川柳 乱鬼龍(二〇一六年 霜月)

・叫びたしフレコンバック月に吠え

・権力のおごり舌の根から腐る
bousai010
・幻の五輪再びかも知れぬ

・男女格差知らぬは男ばかりなり

・刻々と近付く破局かも知れぬ

(『コモンズ』101号の目次に戻る)

現在に生き続ける植民地主義<連載第3回> 日本における植民地主義

「現在に生き続ける植民地主義<br />
―歴史的断絶を通して再生する同一の原理とその危機」【連載3】齋藤日出治 大阪労働学校・アソシエ副学長
連載第3回 (⇒前回を読む)

3 近代日本の植民地主義 ―「自己植民地化」から植民地主義へ

一 西欧モデルへの自発的隷従―「自己植民地化」

帝国主義列強のクラブに新参の挨拶をする日本(フランスの風刺画:Georges Bigot)

台湾・朝鮮に出兵、帝国主義列強のクラブに新参の挨拶をする日本
(フランスの風刺画:Georges Bigot)

 西欧社会は、非西欧地帯に対する植民地化の関係を自己のうちに内面化して自己の近代社会を築き上げた。これに対して、日本はこのような植民地主義の関係を内面化した西欧近代社会の規範を自発的に受容し、その規範に従属することによって近代化を成し遂げた。

 幕藩体制下で長期の鎖国政策をとってきた日本は、幕末期に欧米列強の圧力を受けて1858年に幕府が「日米修好通商条約」を結ぶが、この不平等条約に反発して起こった「尊王攘夷」運動を、天皇の権威のもとで「尊王倒幕」運動に転化する。1865年には天皇の勅令による修好通商条約を結び、軍事力を増強した主権国家建設へと向かう。こうして、欧米の出来合いの国家モデルと文化モデルと社会諸制度を外部から受容することによって日本の近代化が推進されることになった。

 小森陽一[2001]は、このような日本の近代化を、欧米による植民地支配を回避しようとして、自己を無意識のうちに植民地化する「自己植民地化」と呼ぶ。
「自国の領土を確保するために、国内の制度・文化・生活慣習、そしてなにより国民の頭の中を、欧米列強という他者に半ば強制された論理によって自発的に装いながら植民地化する状況を、わたしは〈自己植民地化〉と名付けたい」(『ポストコロニアル』岩波書店8頁)。

 サイードが指摘したように、近代につきまとうコロニアル(植民地主義的)な思考とは、他者を自己の鏡として創造し、自己の否定的側面をその鏡に投影して、他者を統治しようとする。これに対して、近代日本は、欧米という他者が差し出した鏡に自己を投影し、その鏡に自己を同化させようとする。これもコロニアルな思考の変種である。
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演劇『秩父困民党・1884年』公演に期待する/乱鬼龍(川柳作家)

「秩父困民党・一八八四年――日本をゆるがした十日間――」
(第219回麻布演劇市フォーラム・コイナさんの会26回公演)に期待する  乱鬼龍

公演フライヤー

公演フライヤー

■上演期間:2016/11/25(金) ~ 2016/11/27(日)
■会 場:麻布区民センター(アクセス)
■脚本・演出:菅原司 ■詳細ページほこちら


 今からおよそ130年ほど前、当時の貧窮にあえぐ農民たちが、時の圧政、明治政府を討たんとして、武器を手に埼玉県秩父路に蜂起し、敗れ、死刑となっていった、壮絶な歴史があった。
 彼らは、権力者による歴史(観)の中で、長く「暴徒」と呼ばれ、その貧乏からの解放を高々と訴えた、文字通り命を懸けた熱い志は、今日に至るまで、なかなか正しい評価と理解を得られたとは言い難い時代がつづいている。だが、今日また、ワーキングプアー、ブラック企業、過労死、孤老死等々、正に、今日には今日の「困民」たちが世の中にあぶれ、またその生活破壊の度合はますます強まり、深まってきているという時代状況の中で、この演劇上演の試みは、今日的なものを鋭く持っていると言えるだろう。
舞台稽古風景

舞台稽古風景


 この芝居は、1999年に一度上演されているが、今日の時代の中で、もう一度上演される運びとなったことは、また新たな若い世代にも、観る機会が得られ、そのこともまた喜びたい。
 この演劇を観て、今日の困民である私たちは、そこから何を学ぶのか、それをどう活かしていくのか、様々なことが問われ、求められていると思う。
 この上演の大成功と、そこから発する熱き魂の共鳴におおいに期待したい。
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コモンズ川柳 乱鬼龍(二〇一六年 神無月)

・原発にもう原発も疲れ果て
紅葉とクマさんのイラスト
・フクシマは錦秋すらも喜べず

・国会にあきれ都政にもあきれ

・秋風に解散風もちらつかせ

・革命に人間力こそ求められ

(『コモンズ』100号の目次に戻る)

書評】『天皇のイングリッシュ』保阪正康著/西沢江美子(ジャーナリスト)

象徴天皇とは何かに迫る

保阪正康著『天皇のイングリッシュ』(廣済堂出版)

保阪正康著『天皇のイングリッシュ』(廣済堂出版)
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 いま書店は皇室本ブームである。8月8日の天皇の生前退位の意向をにじませたビデオメッセージ以来、賛否両論本でにぎわっている。天皇制に批判的だった人がメッセージを支持し、無条件に天皇をあがめてきた右派言論界の多くが批判するという奇妙な展開をしているのも特徴だ。

 そんな中で一冊の本を見つけた。新書版、金色の菊のご紋が浮き上がり、その下に「天皇陛下生前退位へ!」の文字。本のタイトルは『天皇のイングリッシュ』。題名にひかれて手に取った。著者はわかりやすい昭和史の著作を沢山持つノンフィクション作家の保阪正康さん。発行は2015年12月だから天皇のメッセージ以前である。

 著者は「まえがき」で本書を書こうとしたねらいをこう述べている。「今上天皇は戦後七十年の二年ほど前から、ご自身の考えを鮮明にしてご発言するようになっている」「自分の人生を振り返るなかで、天皇としてどのようにすべきであったのか」と。天皇の言葉を一つひとつひろい、現天皇自身の思想信条を明らかにしようとしたのが本書である。

ヴァイニング夫人と皇太子(当時)

ヴァイニング夫人と皇太子(当時)

 現天皇の出生から現在まで、昭和史と重ねながら、これまでふれられていない昭和天皇と皇太子であった現天皇との「父と子」を垣間見せたアジア太平洋戦争時代や敗戦後のGHQ時代のこと、家庭教師となった非戦論者のクェーカ―教徒、ヴァイニング夫人との出会い、など興味深いエピソードが当時の日記、新聞記事、取材などで浮き彫りにされる。

 ヴァイニング夫人との出会いが現天皇の非戦と自立を築く基礎となったと著者はみている。本書のタイトルの由来もそこにある。大きな犠牲を払って築かれた平和憲法の下で「象徴」として生かされた「天皇」はいかなることをすべきなのか、これまでの天皇にはない新しい「天皇」への模索の基礎がここでつくられたと著者はいいたいのかもしれない。
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殺人ロボットの時代が到来 アシモフの理想はどこへ/大野和興(ジャーナリスト)

アイザック・アシモフ(1920 – 1992)

アイザック・アシモフ(1920 – 1992)

 いまや古典となったSF(サイエンス・フィクション)の名作にアイザック・アシモフのロボットものがある。科学が進み、人間のように感じ、考える人型ロボットの物語である。

 『われはロボット』と題されたその作品の中で、アシモフは「ロボット工学三原則」なるものを打ち出した。三原則とは、「ロボットは人間に危害を加えてはならない」「ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない」「ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない」というものだ。自意識が生まれたロボットたちは、この三原則に縛られ、やがて自己崩壊を遂げる。

 この作品が発表されたのは1950年、今からほぼ70年前につくられたこの作品には、科学技術と人間についての深いペシミズムが流れている。そして70年後、殺人ロボットが登場した。
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現在に生き続ける植民地主義<連載第2回> 近代と植民地主義

「現在に生き続ける植民地主義<br />
―歴史的断絶を通して再生する同一の原理とその危機」【連載1】齋藤日出治 大阪労働学校・アソシエ副学長
連載第2回 (⇒前回を読む)

2 近代と植民地主義

エドワード・サイード

エドワード・サイード

■近代のポストコロニアルな批判

 戦前から戦後への転換を通じて日本近代に潜む植民地主義を究明する方法論的手がかりを与えてくれるのは、ポストコロニアル研究である。
 この研究は、植民地主義を近代史における帝国主義時代のような特定の時代と結びつけるのではなく、近代社会につねにつきまとう無意識の集合意識としてとらえようとする。そしてこの研究は、植民地統治の被統治者よりも統治する主体のまなざしに目を向け、このまなざしが統治する主体と被統治者との関係を構築することに注目する[1]

 E・サイード『オリエンタリズム』[1978]によれば、東洋とは、西欧人が見知らぬ他者と出会ったとき、この他者を自己よりも劣等の存在として、あるいは自己の過去に他者を投影し、自己のかつての未熟な存在と他者を同一視して、その存在に「オリエント」と名づけたことに由来する。東洋をこのように命名することによって、西欧人はみずからの西欧社会をオリエントとの関係において定義する。
「自分にとって他者をオリエントとして描くこと、それは他者を自己よりも劣った存在として描き出し、かつ他者を画一的にとらえる西洋の思考様式にほかならない」(邦訳116頁)。
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国際有機農業映画祭2016 10周年の今年も12月18日に開催

国際有機農業映画祭2016

 有機農業を主なテーマに内外の秀作を上映してきた国際有機農業 映画祭は、今年で10回目を迎えます。今年のテーマは「未来を引きよせる」。今回の上映は7作品。そのうち3作品は日本初公開作品です。
 また、10 周年を記念して、有機農業運動が果たした役割を振り返りながら、これからのことを考えるシンポジウム「有機農業運動がめざしたもの、めざすもの」を開きます。合わせて国際有機農業映画祭が生まれるきっかけとなった『食の未来』を上映いたします。
 シンポジウムでは基調報告を日本における有機農業運動の先達星寛治さん(山形・百姓)にお願いし、パネリストにアジアにおける有機農業の普及に尽力している稲葉光圀さん、若手有機農業者関塚学さんをお招きしています。ぜひお出かけください。
チケット購入について

  • 日 時:12月18日(日)9:30~19:10
  • 会 場:武蔵大学 江古田キャンパス 1号館〔B1〕
    1002シアター教室
  • アクセス: 【西武池袋線】「江古田駅」より徒歩 7 分 。同「桜台駅」より徒歩 8 分 【都営大江戸線】「新江古田駅」より徒歩 9 分 【西武有楽町線】「新桜台駅」より徒歩 7 分
  • 参加費:◎一般:前売 1,500円・当日 2,000円 ◎25 歳以下:前売 500円・当日 1,000円
    ※25 歳以下の方は、当日、年齢がわかるものを提示してください。
  • 公式サイト:http://www.yuki-eiga.com/
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農業のTPP体制化のもとで改めて有機農業の存在を考える/大野和興

 国際有機農業映画祭が今年で10周年を迎えた。毎年1回東京で開催、やがて全国各地で地域版が開催されるようになった。

 しかし一方で、この10年、農業はとてつもなく難儀な時代だった。世界のすべてを市場競争に任せるグローバリゼーションが吹き荒れるなかで、農民の農業は淘汰され、農民は土地から剥ぎ取られていった。その難儀さは年々深まっている。有機農業とは何だろう、そのことを考え込む10年でもあった。

◆農業のTPP体制化

 この11月にも国会でTPP批准、という話が伝わってきている。強行採決をしてでも批准を達成しようというのが安倍政権の方針だ。同時に、国内の農業体制は、すでにTPPを先取りして動いている。その典型が農協への攻撃である。これはすでに功を奏し、協同組合としての農協は解体されつつある。
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